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帰れなくなった故郷の思い出を製品に。大熊町出身のお母さんがつくる、くまのぬいぐるみ「あいくー」

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ものづくりからはじまる復興の物語」は、東日本大震災後、東北で0からはじまったものづくりを紹介する連載企画です。「もの」の背景にある人々の営みや想いを掘り下げ、伝えていきたいと思います。

あなたにとって、自分が生まれ育ったまちは、どんな存在ですか?誰にでもひとつくらい、“お気に入りの風景”や“思い出の場所”があるのではないでしょうか。

では、ある日突然、そこに足を踏み入れることができなくなったら、どんな気持ちになるか想像できますか?

私たちには、一握りの土も残されていないんです。立つ場のない恐怖の中で暮らしていかなくちゃいけない。何かにすがらなければ、目指すものがなければ、生きていけなかった。私にとってはそれが、ものづくりでした。

福島県大熊町で暮らしていた庄子ヤウ子さんは、原発事故により故郷を離れることを余儀なくされ、会津若松へ避難。庄子さんはそこで、大熊町のマスコットキャラクター「おーちゃん」「くーちゃん」をモデルとした、くまのぬいぐるみ「あいくー」を製作します。「あいくー」は、庄子さんの元にさまざまな人を呼び寄せ、希望を与えてくれたといいます。

「私たちの帰れない故郷とつながる空」

大熊町は、福島第一原子力発電所の1号機から4号機の所在地です。2011年春、原発事故により立ち入りが全面禁止となり、会津若松市へ自治体機能を移転。庄子さんも、多くの町民と一緒に会津若松へ移住しました。

最初はめまぐるしい環境の変化に追いつくのに精一杯でしたが、6月には仮設住宅に入ることができ、ようやく暮らしが落ち着きました。そのとき襲ってきたのは何もすることがない辛さ、虚しさ。何かしなければ、と思っていたとき、
IIE(イー)」の谷津さんと出会ったんです。

谷津拓郎さんは会津出身の若者で、伝統工芸の会津木綿を使い、避難者の仕事を作る取り組みをしていました。大熊町では30年間ニットを編む仕事をしていて、編み物教室も開いていた庄子さん。かつての教え子や知人を集め、IIEの仕事を引き受けることにしました。
 
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工房で談笑する谷津さんと庄子さん

でもね、始めてみたら、それだけだと物足りなくなっちゃって(笑)IIEの仕事も受けつつ、自分たちでもオリジナルなものづくりをしていこうと、「會空(あいくう)」という団体をつくりました。

會は、会津の旧字。空は、「私たちの帰れない故郷へとつながる空」という意味を込めています。

想いはものに宿り、人を介して深まっていく

「おーちゃん」「くーちゃん」は、ゆるキャラブームが起こるずっと前から大熊町のキャラクターとして愛され、町のHPやパンフレットなどあちこちにその姿を覗かせていたといいます。

会津に来てからすっかり目にする機会が減ってしまったこの2匹を、製品として再現したい。そんな想いから生まれたのが「あいくー」です。自分で型を起こし、試行錯誤しながら生み出しました。
 
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あいくーの肌は黒地の会津木綿を使用し、首には縞模様の会津木綿でスカーフを巻き付けました。ぬいぐるみにすると素朴で温かみのある質感が際立って、素材の良さがよくわかるでしょう?会津木綿を使うことで、自分たちを受け入れてくれた会津若松に少しでも恩返しできたら…と思っています。

少しとぼけた表情が可愛らしいあいくーは、じわじわと評判になりました。福島県内のお店のほか、インターネットや各種イベント、展示会で販売しています。

「初のお江戸上陸だね」「美術館のステージに立つんだよ」。庄子さんやつくり手のみなさんは、自分の子どもの旅立ちを見守るようにあいくーたちを送り出しています。

谷津さんの友人で、會空の製品をネットで販売してくれている青年がいるんですが、彼は「會空の皆さんが潤うように頑張る」って言ってくれているの。そしてね、買ってくれた人の話を教えてくれるのよ。

ある方は、家で飾っていると娘や孫が来たときに「これ可愛い」って言って持って帰っちゃうから、何度も買ってくださるんですって。彼もそういう人との関わりがすごく楽しいらしいし、私たちも話を聞くと嬉しくなるのよ。

会津若松にある「スペース・アルテマイスター」でも、製品の展示販売やワークショップを行っています。スタッフの方たちはあいくーを可愛がり、ポケットに入れてくれているそう。
 
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そんな風に、つくり手・売り手・買い手の3者の想いが重なったときは、やっていてよかったなってしみじみ思います。ものづくりとは言っても、ものともの、ものとお金じゃない、結局は人と人の関係なのよね。想いはものに宿るし、想いのある人に託すと、もっともっと想いが深まる。私はそういうことを大事にしたいと思っています。

現在、JALの国内空港ラウンジには期間限定(2014年1月・2月)で、赤いスカーフを巻いたあいくー数体をツリー状に組んだ「あいくーツリー」が展示されています。全国各地のラウンジに展示されていて、使われているあいくーの数は合計440体!庄子さんたちは嬉しい悲鳴をあげながら製作したといいます。この企画も、アルテマイスターで展示されていたあいくーに一目惚れをした方のご紹介で実現しました。

この子たちはね、自分で営業するの。いろんなところに連れて行ってもらって愛想振りまくから。あいくーのおかげで、たくさんの出会いがありました。

踏み出すことで得られる力がある

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ある日突然、大事な故郷と暮らしを手放さなければならなくなった苦しみと、先のことがまったくわからない不安。そうした状況の中で、前を向いて新しいことを始めた庄子さんたちの想いには、胸を打たれるものがあります。

「これからどうしていけばいいんだろう」という気持ちは、ほんとに、ほんとに切実でしたよ。でも、何もしなければ、ずっとそのまま。だったら何かやろうって始めたのがものづくりでした。

そうして動きはじめたら、ふしぎなご縁で、たくさんの人と出会って、人が人を呼んでつながっていって。踏み出すことによって得られる力の大きさを感じました。

誰かに力を貸してもらって、自分の中から力が湧いてきて、それに押し出される。「じゃあやっていこうか」って進んできて、ようやく希望が見えてきたのがいま。たくさんの人に支えられてきたので、これからはその恩返しをしていきたいと思っています。

小さなくまのぬいぐるみには、たくさんの想いと豊かな物語が詰まっていました。みなさんも、よかったら「あいくー」を手にとってみてくださいね。