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子どもや若者も、自然と人が集まる老人ホームをめざして。地域の結び目となる「musubi」

musubiの利用者さんとスタッフ

みなさんは、老人ホームと聞くとどのようなイメージが浮かびますか?実際に行ったことがないので「よくわからない」という方が多いと思います。そこで暮らす方々がどのような生活を送っているのかを知る機会はなかなかありません。

実を言うと、これは大問題なんです。

地域の中で、老人ホームがよくわからない存在のままだと、だれも近寄らなくなります。よくわからないところに行きたいとは思いませんよね。さらに、「気味が悪い」などのマイナスイメージにつながるかもしれません。地域に新しく老人ホームを建てることに対して反対運動をする人も出てくるでしょう。

次に、老人ホームで暮らす高齢者に目を向けてみましょう。いままでの人生をふりかえりながら、残された時間を過ごされています。そんな大切な時に暮らす場所が閉鎖的な空間だったらどうでしょうか。地域も生活の場であったはずです。いろんなヒトに会いたい、いろんなモノが欲しい、いろんなコトがしたい。そんないままでたくさんあった選択肢が施設に入ったからといって一気になくなってしまうのは残念です。

とことん開放的な老人ホームを目指して

2010年、東大阪につくられた住宅型有料老人ホーム「musubi」はこのような課題を解決しています。

住宅街にある「musubi」は地域に溶け込んでいて、思わず立ち寄りたくなる雰囲気が醸し出されています。

musubiの外観 musubiの外観

ちょっとのぞいてみると、なんと全面ガラスばり。

ガラスばりの室内

お年寄りの方々と働いている方々の笑顔で包まれたあたたかい空気が伝わってきます。

そして、隣には地域の人が訪れることができる「musubiのカフェ」があります。美味しい料理やゆったりとくつろげる空間を求めて人が集まります。また、様々なイベントやワークショップが開催されていて子どもからお年寄りまでいろんな人がつながっていく場でもあります。入居者様がご家族やご友人をおもてなしすることもあるそうです。

「musubi」のcafe 「musubi」のcafe

とことん開放的にすることで、嬉しいお客様がやってくるように。例えば、地域の保育園の園児たちです。彼らは入居者さまにとってアイドル的存在。普段なかなかみられない笑顔を簡単に引き出しちゃうそうです。

保育園の園児と交流

“地域交流”っていう言葉はどこか他動的で好きじゃないです。それよりも自然と人が集まってくる場をつくれたらと思います。例えるなら、小学校のようなイメージです。色んなイベントが開催されていて人が集まる老人ホームをつくりたいんです。

こう語るのは「musubi」を運営する株式会社セーフセクションの代表取締役の安部諒一さん。安部さんは大学卒業後すぐに22歳という若さで起業されました。その経緯についてお話を伺いました。

株式会社セーフセクション 代表取締役 安部諒一さん 株式会社セーフセクション 代表取締役 安部諒一さん

問題が山積みな業界だからこそ「面白そう」

安部さんはもともと介護に関心があったわけではありません。ずっと“起業”や“経営”について興味を持っていました。

祖父と父が経営者だったので、幼い頃から経営者としての教育を受け、気がつけば起業家を志すようになっていました。小学生の時の夢を描いた紙には「安部会社 社長」という文字が書かれていました。どこか恐ろしさを感じましたね(笑)

また、高校時代サッカー部の部長をやっていて、60名の部員をマネジメントし、チームで何かを達成するやりがいを感じました。その時に、本当の意味で自分は経営者に向いていると自覚するようになったんです。

起業家を目指していた安部さんは、その前にまず3年間くらい企業で働いてみようと就職活動をし、とあるベンチャー企業に内定が決まっていました。しかし、思わぬ展開が待っていたのです。

祖父の会社の跡地について父親がいきなり「この土地に有料老人ホームを建てようと思うんだけど、経営してみないか」と提案してきたのです。はじめは当然のように断りました。大学卒業後すぐに介護に興味のない若僧が、老人ホームの経営なんてできるワケないと思ったからです。

しかし、気持ちはどんどん傾いていきます。

いままで介護に関する情報は一切受け取ってなかったのですが、父の提案後、どこか介護を意識するようになっていました。すると、入ってくる情報が労働環境が悪いであったり、若者が就職してもすぐに辞めてしまう、先が見えない仕事など、色んな情報を収集していくうちに、「なんてイメージの悪い業界なのだろうか」と疑念を抱きました。
 
日本は先進国の中でNo.1の高齢者割合です。ただでさえ、少子化で労働者人口が減少していくのに、若者が働きたくないと言っている現状を耳にした時、日本の将来に対しての危機感を持つようになりました。

そして、決断をするのです。

マーケットも伸びているし、課題だらけの業界なのでそれを解決していくところに面白みを感じるようになりました。さらに、若い人がなかなか起業できない分野だからこそ、自分にしかできないことがあると思いました。

「このチャンスを逃したら一生できない」という勘もあり、3月に内定を辞退。「だれもやっていない独自の事業を展開し介護業界でNO.1を目指そう」と心に決めました。

高齢者の生活を演出する

起業家としての道を歩み出した安部さん。一体何からはじめたのでしょうか。

介護のことは何もわからなかったので、まずホームヘルパー2級の資格を取って同じタイプの住宅型有料老人ホームにて無給で3ヶ月間働かせてもらい、経営についても教えてもらいました。

そこで感じたのは、介護という仕事の“やりがい”です。それまで色々なサービス業のアルバイトを経験してきたのですが、こんなにもお客様と接する時間が長く、深くて重い「ありがとう」という言葉をいただける仕事は他には無いなと思いました。

スタッフと利用者さんの笑顔

次に、施設のコンセプトを細部にわたって明確にしていきました。

まず、事業定義は“高齢者の生活を演出する”に決めました。介護や医療をするだけではなく、衣・食・住全ての生活をより良くしていくために事業を展開していきます。

例えば、“食”について。有料老人ホームで働いているときに感じたのは入居者様の愚痴の半分以上が食事に関するものだということ。なので、食事にもこだわろうと思いました。低価格の有料老人ホームですが、「musubi」の食事は一流ホテルの総料理長を長年務めたシェフを中心に、できたての料理をオープンキッチンから提供しています。

オープンキッチン

地域の結び目となる施設にしていくことも、設立前から考えていました。1年後、3年後、そのずっと先までのストーリーをはっきりと描けていたので、実際にそれに沿って事業を展開することができています。

例えばどのようなことが実現したのでしょうか。

「介護業界でもこの会社でなら働きたい」と思える会社をつくろうと当時考えていました。大学の福祉学部の学生はほとんどが介護の仕事に就きたがらないという事実に衝撃を受けたからです。想いはあっても実習で現場をみて働きたくなくなってしまったようでした。もったいないことだと思います。

新卒採用は今年で4期目を迎え、当初のビジョン通り多くの人に興味を持っていただけるようになりました。2014年卒新卒採用では1000名以上のエントリーがあったんです。

内定式の様子 内定者研修の様子

人生を預かるというプレッシャー

2010年9月、いよいよ「musubi」がオープン。その時のことを安部さんはこう語ります。

はじめの入居者様は女性2名でした。これからおふたりの人生をお預かりするので責任が生じますし、始めたら辞めることはできないと思うと物凄いプレッシャーでしたね。

1年で52床を満床にしなくては潰れる計算だったのでとにかく必死でしたし、マネジメントも大変でした。人が常に辞めていき、入れ替わっていくという感覚で辛かったです。

現在は新卒採用がはじまったこともあり、スタッフに恵まれて、とても良い雰囲気ですね。

「musubi」の夏祭り 「musubi」の夏祭り

どんどんひろがる「musubi」ブランド

開設から4年目。ずっと挑戦をしてきて、これからも続きます。

2014年春にはクリニックが併設された「musubi」の2棟目が1棟目のすぐ近くにオープンします。入居者様にとってはかかりつけ医が近くにいることで安心ですし、地域の人が外来診療を受けにいらっしゃることでまたより多くの人がmusubiを訪れてくれるでしょう。

今後の展望についてはこう語ります。

自分の母親、父親、そして自分が介護を受けるときに楽しく生活できるような社会をつくりたいですね。そのために、入居者様の選択肢をどんどん増やしていきたいと考えています。

例えば温泉地やリゾート地に事業所を作ったり、近くに多様な施設を建てて、引っ越しができるようにしたり、また、オリジナルの福祉用具のデザイン等もして、高齢者の生活全体を演出できるブランドを構築していきたいです。

「musubi」事業イメージ

これから超高齢社会となる日本。そんな時、必要なのは医療や介護の力だけではありません。多くの人を巻き込んで地域ぐるみで高齢者の生活全体を支えていくことが求められます。「musubi」のような施設はそのプラットフォームになれるでしょう。

「musubi」ブランドが広がって、高齢者が安心して自分らしい生活を送れる社会がつくられることに期待したいですね。