ISSUE ☆日本と世界のソーシャルデザイン

2 years ago - 2013.12.14

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「nepia千のトイレプロジェクト」を仕掛けた今敏之さん&並河進さんに聞く、ソーシャルプロジェクトのつくりかた

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撮影:小林紀晴

日常生活や仕事のなかで、何らかの社会的な課題に気づき、その気づきをアクションに変え、社会を変えたいと思ったことはありませんか?

それでも、どうアクションすればいいのか分からなかったり、目の前にいくつもの壁が立ちはだかって、思うように進まないこともあるかもしれません。

こうした「ソーシャルプロジェクト」のなかでも、誰もが一目置くプロジェクトが存在します。それが、2008年からスタートした「nepia千のトイレプロジェクト」。

このプロジェクトを仕掛けた王子ネピアの今敏之さんと、電通ソーシャル・デザイン・エンジンの並河進さんに、ソーシャルプロジェクトのつくりかたを聞いてみました。

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今敏之さん
王子ネピア株式会社 取締役マーケティング本部長
1983年、王子ティシュ販売(現・王子ネピア)入社。東京支店、チェーンストア部などを経て、商品開発センター。2005年度からnepiaブランドトータルマーケティング統括。現在に至る。鼻セレブブランド立ち上げ、子ども用オムツGENKI!ブランド立ち上げ、うんち教室、千のトイレプロジェクト等の立ち上げ実行推進。

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並河進さん
電通ソーシャル・デザイン・エンジン所属ソーシャル・デザイナー/クリエイティブ・ディレクター/コピーライター
ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン・クリエイティブディレクター、宮城大学、上智大大学院、東京工芸大学非常勤講師。著書に『下駄箱のラブレター(ポプラ社)』『しろくまくんどうして?(朝日新聞出版社)』『ハッピーバースデイ3.11(飛鳥新社)』『Social Design 社会をちょっとよくするプロジェクトのつくりかた(木楽舎)』ほか。

「自分は、何のためにこの会社にいるのか」

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今さん 「nepia千のトイレプロジェクト」が生まれたきっかけは、競争してシェアを奪い合うようなマーケティングをやっていて本当にそれでいいのかなという疑問からでした。マーケティングのセオリーというか、各社が当然のようにやっていることに疑問があって。何のためにこの会社があるのか、なぜ僕はネピアにいるのかと考えていました。

扱っている製品は紙。トイレットペーパーって、便所紙ですよね。便所は仏教からきた言葉で、「便利な所」に由来している。「便所紙、上等じゃないか」って思ったわけです。

並河さん 「便所紙、上等じゃねえか」と、よく今さんがおっしゃっていたんですが、何のことか最初は分からなかったんです。でも、だんだん、「そうか、トイレットロールならでは、ネピアならではの世の中に対する大きな価値があるんだ」という意味だということが分かってきて。

 そうそう(笑)。日本では生活必需品なのに、少し掘り下げて「うんちを拭く」って話になると、とたんに言いにくいというか。社会的にも、うんちっていうと何だって感じなわけですよね。社内の会議で「うんち」なんて誰も発言しなかったけど、ふと思い立って、そんな社内で「うんちを研究してみようよ」って言ってみたんです。まぁ最初はみんな、何言ってるんだという感じでしたけど。

並河 そのときちょうど、日本トイレ協会で「トイレ出前教室」というのをやっていたんですよね。小学生のためのトイレトレーニングなのですが、これがなかなか素晴らしくて。

 社員に知り合いがいるということで、引き合わせてくれて。お会いしてみたら、もうその場で意気投合して、すぐに「うんち教室」をやろう、って話になるんです。「うんち」って堂々と言ったらいいじゃないかと。企画はできたけど、社内でどう予算化するかというのが課題なわけですよね。

並河 今さんが流通チェーンの担当をされていたので、大手スーパーさんに行って話をつけてきちゃったんですよね。夏休みに「うんち教室」をやりたいんだけど、協力していただけませんかと。お店の近くの小学校でうんち教室をする、というお約束でしたね。

 はい。そういう話をつけてから会社に提案をするんですが、取引先の大手スーパーさんがいいって言っているから実現できる(笑)。それで「うんち教室」が始まるんですが、子どもたちの反応はもちろん、社内外の評価もよくて。それで、ユニセフさんを紹介してもらうことになるんです。

人に褒められようとすればするほどヘタになる

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今さんが大事にしている、岡本太郎さんの言葉。思い出しては、何度も見返している

並河 うんち教室の子どもたちの盛り上がり方って半端ないですよね。当時、便所紙にできることはないかと、今さんも僕もずっと探していたんです。今さんが「棘(いばら)の中に行かないと野いちごは取れないんだ」ってよくおっしゃっていて。

 それ、秋元康さんが言ってた。他の企業とは違うことをやりたかった、ということもありますが、何のためにこの会社があるのか、なぜ僕はネピアにいるのかと考えていたんです。ちょうどその頃、岡本太郎さんに審査員をお願いして「夏休みらくがき大賞」という企画を3年やったんです。白いティッシュ箱に絵を描いてもらって、大賞作品を選ぶというもので。

並河 岡本太郎さんの自宅に行って依頼されたんですよね。やりとりが難しいって言っていましたよね。企画の話してふーんって聞いていても、話が終わると、何だっけ?って。

 どうしたらいいのかって感じですよね。審査会では、すべての応募作品を机の上に置いて、一つひとつの作品を岡本太郎さんが見ていくわけです。巨匠ですから、もうヒヤヒヤなんですけどね。

中にひとつ、すごくきれいな作品があって。美大の生徒さんが描いた海辺の絵なんですが、繊細で楽しくみんなが遊んでいるような。これいいんじゃないかなと置いておいて。でも岡本太郎さんは、必ず落とすんですよ。あれ?と思って、またこっそり机の上に乗せちゃったんだけど、またすっと落とされてしまうんです。

並河 巨匠ですから、誰も聞けないですよね。

 聞けないんだけど、理由がどうしても知りたくて、聞いてみたんですよ(笑)。横に座って、先生これはなんでダメなんですか?と聞くと、「それは、褒められようとして絵を描いている。選ばれるために書いている絵だから、ものすごくヘタだ」と言うわけです。彼が選ぶ作品は、ぐちゃぐちゃの絵なんです。

その時に、さあっと稲妻が走ったような感覚がありまして。人に褒められようと思って、人にどう見られるかを考えて、それまで広告宣伝してたわけですよ。何とかアプローチして買ってもらおうって。でも、そういうことじゃないんだって。ビジネスマン人生で偉くなろうとか、褒められようとすればするほどヘタになるということが分かったんです。

もうひとつそれにまつわるエピソードもあるんですが、彼が亡くなって、岡本太郎さんの展覧会を観に行ったんですが、会場にくじがあるんですね。自由にひいてくださいと。彼の名言集がひとつひとつ、そのくじに書いてあるんですが、そのくじに書かれていたのが、これは、という…。

ひとり1枚なんですけど、こっそりもう1枚ひいちゃったんです(笑)。そうしたら、また同じことが書いてあるんです。いくつもあるのに。鳥肌が立ちましたよ。だから何かあったときに、今でも見たりしますね。

下手のほうがいいんだ。
笑い出すほど
不器用だったら、
それはかえって
楽しいじゃないか。

並河 人に褒められようと考えたり、人の評価じゃなくて、自分はこうだっていうことですよね。そういえば、今さんに一度手紙出したことがありました。

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今さんに宛てた手紙。あとから日付とサインを付け足したのだそう

(以下、手紙全文)
自分へ。自分に似た誰かへ。

新しいことをはじめても、そんな先の分からないこと、局で評価されるわけもないし、場合によっちゃ、そんなことばっかりやって、という目で見られる。だから、こそこそ隠れてやる。忙しくなると止まってしまう。もう自分があきらめたら、それで、もうおしまいの状態。あきらめる理由なんて、いくらでもある。

でも、周りから見てどうとか、評価されるとかされないとか、どうでもよくて、自分が信じることがあるなら、やらなくちゃいけない。果たすべき責任があるとしたら、その責任を果たした上で、夜中やらなくちゃいけない。そうじゃないと、世界が変わるのを、永遠に待ち続けるだけ。

自分はまだ漠然とした存在だけど、あきらめそうになる弱さとか、卑屈な気持ちとか、間違った周りへの気遣いとか、かっこいいとかださいとか面白いとか面白くないとかいう表面的などうでもいいこと、本質的でないことにまだごちゃごちゃとらわれている部分を、そのまま垂れ流して口にするのはやめなくちゃいけない。

そういうどうでもいいことは、自分ひとりでぐっとかみ殺して、ほんとうの思いだけを、一瞬一瞬、発していくことで、自分を変えていかなくちゃいけない。

広告は、きっと、広告以上の何かになれるし、コピーは、きっと、コピー以上の何かになれるし、デザインは、きっと、デザイン以上の何かになれるし、もしも、この中に、誰か、胸の奥に思いがある人がいて、でも自分のせいで、あるいは環境のせいで、その思いをなかなか形にできず、そのせいで世界あるいは自己への嫌悪感があって、でも、今日、僕が話したことを聞いて、そうやって同じようにもがいて苦しんで、でもほふく前進みたいに前に進んでいる人がいるんだ、と思えたら、それが、今日、僕がしたかったことです。

 飲みに行ったときに、突然手紙を見せられて。今でも大事に持っているんですけど、その内容は、どんなにやりたいことがあっても、諦めてしまうのは「自分」。だから諦めずに、誰かに褒められたいとかではなくて、こんなふうにやり続けたいってことが書いてあって。会社でその手紙をコピーして、今さんへって宛名のところを、社員の名前を書いて、みんなに渡したんです。

並河 いろんな方から言われましたよ。今さんからもらったって。1年後に別の社内の飲み会に呼ばれたら、全員が持ってる(笑)。ひとりは縮小コピーで持っていたりして。感激して、帰りに新橋の駅のホームで泣きました。

そのときは、僕もとてももがいていた時期で。すごく悩んでいたんですね。今さんが部長になられて、現場に出てこられなくなってしまった時期だったんです。じつは、僕は今さんが飲みたがっているという情報を聞いて、それで電話したんですけど(笑)。間にひとりいたんですよ。どちらにも、相手に飲みたがっているっていう情報を流したりして。

 そうそう、会って飲んだらどうですか?みたいに言われて。じゃあそうしようなんて。誰か連れていこうかと提案したら、ふたりでいいですって言うから、何だよ、こわいなと(笑)。僕に対して何か言いたいことあるんじゃないかなって思っていたんですけど、手紙をもらうという…。それをきっかけに、次から次へと手紙をくれるようになったんですよ。企画書は企画書であるんだけど、手紙がついてる(笑)。

プロジェクトも同じ。自分はどうしたいのか

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並河 人からどう見られるかではなくて、自分はどうしたいのか。それは「千のトイレプロジェクト」で一貫して考えてきたことだと思うんです。2008年に東ティモールに行って撮影してきて、撮影してきた映像をつないでムービーにするときに、後ろに悲しい音楽を入れるか楽しい音楽を入れるか迷ったんですね。最後の最後まで判断がつかなくて、今さんにムービーを見ていただいて。

衛生状況が悪いために子どもたちが命を落としてしまうという困難な状況なので、切ないほうがぐっとくるという意見もあったけど、今さんは悲しい曲をつけると押し付けになっちゃうよねって。押しつけじゃなくて、俺たちはこれがいいと思っているから、よかったら参加してよって感じで行くべきなんじゃないかって。僕はそこが節目になりましたね。ちょっと何かがつかめたというか。

 切ない音楽のほうは、人に認めてもらいたいっていう根性が入ってしまっているんですね。困難な状況ではあるんだけど、未来に未来に向かって動き出している国だったりしているわけで、それが写真でもムービーでも見えてきているし、そっちを取りたかったんです。

並河 このプロジェクトの面白いところは、そういう「僕らはこう思ってやってる」ということをすごく大事にしているところですね。

プレゼンは、落とし穴をつくる

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並河 プロジェクトが立ち上がる直前、社内の説得も大変そうでしたね。

 2006年くらいからこうしたプロジェクトをやりたいと思っていたんですが、2007年くらいから、原油高が上がって収益を圧迫していたんです。広告展開を削減しなければいけなくなることが分かっていたので、会社への提案の仕方は考えましたよ。
昨年までのキャンペーンの予算の半分にするから、やらせてほしいって社内を説得したんです。

並河 そこはさすがですね。「うんち教室」も、社内も社外も、いろいろ人を巻き込んで断れない状況にしたり。「やらなくても僕はいいんですけど」っていうポーズをとってみたり、今さん、いろいろやってますよね(笑)。

 僕は、会社のなかでは、異端児中の異端児。まさか王子グループにこんな人がいるなんて、ってセミナーとかで登壇したりすると、よく言われますよ。

並河 やると、いろいろ大変ですよね。僕もやろうと声を挙げるタイプだけど、やらなければ何も問題は起きないけど、何かやるといろいろ起きる(笑)。もう黙って貝となって生きていきたいって日もありますよ。でも、今さんもそうだと思うんですけど、その辛かったことを2週間くらいすると忘れて、新しい企画を言い出す感じってありますよね。

 プレゼンでは「落とし穴」をつくるんです。落としどころじゃなくて、落とし穴(笑)。会議に参加している人は何か言いたいから、言われるポイント、突っ込まれるポイントを必ず用意しておくんです。それで、「違ってるよ」って言われたら「あ、すみません!じゃあそこは直して、進めますね」って。

詳細はともかく、全体の合意さえもらえれば進められるので、注目を「落とし穴」に集めて、でも全体としては合意に持っていってしまう。企画は変えられない程度の合意をね。

並河 確かに、やりたいことは「nepia千のトイレプロジェクト」という構想なわけで。みんなで決めようという雰囲気ってどうしてもありますから、みんなに突っ込んでもらうといいんですよね。意見をいただきながら、みんなでつくりました、という形にまとめる。

成功したらこうなる、という予想図から組み立てる

並河 今さんとの仕事で面白いと感じていることは、成功したときの独自のストーリーをもとに企画書をつくることなんです。このプロジェクトがうまくいくと、こんなふうに社会は変わるっていう、成功のストーリーをつくるのはすごく大事だと思うんです。未来のことはわからないので、分からないこと、断定できないことは言わないほうがいいと思っている人ってたくさんいると思うんです。

でも今さんは、確証はなくても描いているストーリーを話してくれて、僕がそれを人に伝えるために言葉としてまとめて、資料にする。ストーリーを言った方がいいんですよね。新しいプロジェクトを実現するために必要ことだと思うんです。もうひとつは、やることが大事というところ。意地でもやるというか。

 成功のストーリーを最初に描いて、バックキャスティングの発想で、そのストーリーに登場するものはどんな商品なのか、どういうコミュニケーションがあって、って肉付けを並河さんに考えてもらっていますね。

並河 オリジナリティに満ちるんですよね。そして、それを語り続けることが大事です。うまくいかないこともあるけど、いかないならいかないで、そこを起点としてどんな独自の成功のストーリーをあらたに描けるか。

 一応ね、構想自体はロジカルに考えているんですよ。一方でコンテンツは感性で考えたいなと。「nepia千のトイレプロジェクト」は、僕らが勉強しているんですよね。アドボカシー的に、その都度出てくるクエスチョンに、ひとつひとつアンサーを出していって、今がある。このプロジェクトはそういうふうに育ってきました。

自分の目で現地を見なければ、ストーリーはつくれない

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通学する子どもたち

並河 プロジェクトの立ち上げ時の今さんは、端から見ると孤軍奮闘という感じもあって。誰もやった事がないし、東ティモールだって誰も行ったことがない。今さん、まず東ティモールに行こう、見ないと始まらないって強く言ってくれたんですよね。行かなくたって、ユニセフから写真を取り寄せれば広告はつくれる。でもそれだと多分、プロジェクト自体も続いていなかったかもしれないですね。

 実際行こうってことになったら、前の週に大統領暗殺未遂事件が起こったり…。現地も、夜間外出禁止令が出ていましたね。空港のとなりにも難民キャンプがあったり。ショックでしたよ。観光では行かないですしね。現場を見るってこういうことかと。

並河 見て感じること、考えることはたくさんありました。支援の矢印は、日本から東ティモールへ一方向だけど、見えない逆の方向の矢印もあって、東ティモールから僕らのほうこそ、たくさんのことを教えてもらっているという気がします。

 自分で見ないと、自分の感覚でつかめないですからね。スポーツもそうだけど、やってみないと分からないじゃない?行かなかったら、全然違う広告になっていたと思う。

並河 カメラマンに撮影を依頼するときも、NHKの番組で出演していた小林紀晴さんというカメラマンで、この人に頼みたい!と思って相談に行くんだけど、見せられる資料が何もないんですよね。こんなに何もなくて説明にいったのは初めてでしたよ(笑)。「うんちの隣のいのちを撮ってほしい」とかって。東ティモールの地球の歩き方とかもないし。とにかく、行って撮ると。何が撮れるのかも分からないですよね。

 現場に行って見ているから、ストーリーをつくれると思うんです。それと、感動すれば、人に感動を伝えられる。人に何かを伝えたいときは、感動しないとダメなんです。感動って、いわゆる感動じゃないですよ。心が動くということ。現場を見て、揺さぶられるほどに強く心に刻む。それがそのまま、このプロジェクトの広告になるんです。

関わる人の気持ちをどう前に向かせるか

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並河 トイレづくりの最初のステップとして、まず、ユニセフや NGOスタッフが、村人たちを集め、トイレの必要性に気づくトリガリングという手法のワークショップをやるんです。村人たち自身が、「気づく」ことが大切なんです。

そして、実際にその村にトイレができると、村の雰囲気がすごく変わるんですよね。子どもたちもお母さんも表情が明るいし、トイレを自分でつくったお父さんがうきうきしていたりして、ぐっときましたね。トイレの前に道をつくったり、タイヤのホイールに足を置いて、足を清潔に保つようにしたり、工夫を加えている。

 携帯電話もある裕福な村なのにトイレがない。ある男性が、こんな少ないコンクリートじゃつくれないというんです。彼は村を代表してそう言うのですが、ひとりの女性が「みなさん、家は自分たちでつくっているでしょ。女性が水を汲むのは、子育てもあるしみんな大変なんです。トイレは大事なものだから、みんなでトイレをつくりましょうよ」と言って、盛り上がるんです。

そのとき寂しいのは、先に「つくれない」といった男性ですよね。ユニセフの現地スタッフが終わったあとにその人に歩み寄って「一緒にやりましょうよ」って最後に声をかけるんです。それが素晴らしかったですね。女性も素晴らしかったですよ。でもあとでフォローする現地スタッフと、じゃあやるか、と立ち直る男性。そこに僕は一番感動しましたね。

並河 そこで僕らが勉強するのは、仕事でもそうだけど、すぐできないと考えてしまうこと。やろうとしていないだけなんですよね。“支援対象者”とか“村”っていうと顔が見えないけど、現地に行くと僕らの会社と同じようにそこにはコミュニティがあって、いろんな人がいろんなことを考えているんですよね。その人たちの気持ちをどう前に向かせるか。会社という組織のなかでも同じだと思うんです。

日本にいる僕らも、きっと何かが足りていない

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 さらに言うと、東ティモールにトイレがないことを僕らのことに置き換えてみると、もしかしたら、日本の僕らだって、本当は必要な何かがなくて、しかもそのことに気付いていない、ってこともあるんではないかと思うんですよ。東ティモールにはトイレが足りないと言われているのと同じように、日本にいる僕らも、きっと何かが足りていない。それはきっと、経済的な進化のことじゃなくて、もっと人間的なもの。

並河 トイレをつくろうよって言われる人が東ティモールにはいるけど、僕らには誰も言ってくれません。僕も、足りていないものがきっとあるんじゃないかと思いますね。東ティモールの人がトイレはあったほうがいいと気がつかないのと同じで、僕らも気付いていない。

 気付くためのトリガリングが僕らにも必要かもしれませんね。固定概念のなかで生きていることは、忘れがちです。誰にでも、小さくても大きくても、責任ってありますよね。みうらじゅんさんの言葉に「青春の正体は無責任」って言葉があるんですが、責任を取り除けば青春はいつでも取り戻せると。責任というものをいったん取り除いてみると、何か新しいものが見えてきたりするんじゃないかなと。投げ出すってことではなくて。

並河 「nepia千のトイレプロジェクト」はこういうふうに進んでいるけど、違うやり方もあったかもしれない。でも、それでいいと思うんです。アドボカシー的に、ある程度は決めるけど、決めすぎずに相手の要求に合わせて作り替えていくことも必要ですね。それはこのプロジェクトが長く続いていくために。

 メーカーの意思はたくさんあるけど、ときには出さないようにしていくことも大事にしています。

並河 僕らには何かが足りない。それが「nepia千のトイレプロジェクト」でだんだんぼんやりと見えてきているような気がします。足りないものが分かって埋められるまで、もう少しかなという気持ちはありますね。

東ティモールのために、というのはもちろんだけど、自分たちが分からないことを分かるようにするためにやっているというか。誰かのためでもあるけど、自分たちのためでもある。それでいいと思うんです。社会の課題をどう「自分ごと」にできるかが、ソーシャルプロジェクトの原点にはありますからね。

(対談ここまで)

「nepia千のトイレプロジェクト」は、プロジェクト発足当時からスタッフが変わらない。好きじゃないと続かないと今さんは言います。日本各地から届いた応援の声はなんと約67,000件もあるのだそう。そうした声に支えられながら、プロジェクトは進化を遂げながら、これからも続きます。

社会の課題を「自分ごと」にできたら、成功のストーリーを描いて、そのために必要なことを洗い出してみる。上手にできなくたっていい。ヘタでもいいから、前例がなくても、周りを巻き込んでとにかくやってみる。

自分は何のためにその仕事をしているのか。手を休めて、少し考えてみる時間をつくってみませんか。

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writer ライターリスト

増村 江利子

増村 江利子

greenz シニアエディター/シニアライター 国立音楽大学卒。Web制作、広告制作、編集を経て現在はフリーランスエディター。一児の母。主なテーマは、アート、建築、暮らし、まちづくり。八ヶ岳の麓の賃貸トレーラーハウスで、“小さく暮らす”をモットーに、DIY的暮らしを実践中。 facebook:http://www.facebook.com/e.masumura twitter:https://twitter.com/eriko_n

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