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循環するオフィスへ。IT×生産者×デザイン×建築という出会いから生まれた「ホタルの森とつながるオフィスプロジェクト」

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どこに住み、どんな暮らしをつくるのか。本当に必要なものは何か。「暮らしのものさし」は、株式会社SuMiKaと共同で、自分らしい住まいや好きな暮らし方を見つけるためのヒントを提供するインタビュー企画です。

東京都目黒区のビルの一角に、「ホタルの森とつながるオフィス」ができました。
コンクリートの外壁からは想像ができないほど、室内は木の独特なぬくもりと心地よさに溢れ、自然光のやさしい明かりが空間に広がっています。

床全面には岡山県西栗倉村の間伐材からつくられた「ユカハリ」という、置き床式の無垢フローリングタイルが使用されています。

このオフィスは、スマートフォンサービスを提供する「株式会社アカツキ」の、オフィス区画の増床のため誕生しました。

プロジェクトには「アカツキ」、生産を行う「株式会社西粟倉・森の学校」のほか、建築の「株式会社ツバメアーキテクツ」、企画全体のプロデュース及びデザインをする「株式会社ツクルバ」といった多様性に溢れる4社が集まりました。

「循環」をテーマに互いの技術と思いをひとつにして取り組んだ「ホタルの森とつながるオフィスプロジェクト」について、オフィス竣工という新たなスタートの日にお話を伺いました。

人と人がつながり「出会いと循環」からプロジェクトが始まる

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「ホタルの森とつながるオフィスプロジェクト」メンバー。
左から、山道拓人さん、中村真広さん、香田哲朗さん、井上達哉さん、村上浩輝さん

香田さん(アカツキ) 働くメンバーが増えてきたタイミングで、オフィスの引っ越しを検討していました。僕は木が大好きなので、木を活用したオフィスにしたいと思っていたのですが、木は費用がかかりますし、コツコツと足音が床に響いてしまうのでオーナーさんもやりたがらず、実現できていませんでした。

そんなときに西粟倉の「ユカハリ」を見て、モジュール化されていてバラバラに使用できることがいいなと。会社は働く人にとって起きている時間の半分以上を過ごす場所でもありますし、自分たちが気持ちよくて、そこにプラスアルファできる取り組みをしたいと思っていました。

それでまずは今年の7月に、西栗倉の森を体験するツアーがあると聞いて参加しました。

井上さん(西粟倉・森の学校) このツアーで僕らが一番見てほしかったのは、ちょうど1週間くらいしか見ることができないホタルです。

西栗倉の森に出る「ヒメボタル」は、綺麗な人工林にしか生息できないので、僕らが間伐をして豊かな森をつくる上で象徴的な生物なんです。季節的に考えると7月の短い期間ではありますが、森が綺麗になって、動物が増えて、緑が増えて…ということを知ることができる貴重な時間になっています。

ホタルが綺麗な森に出るようになったのは、この5年くらいの話で、環境面での循環には力を注いできました。その森にツアーの皆さんと行ったときに、皆さん感動してくださって。

僕らはホタルが生きていける森を広げるために、やせ細った木が育つ暗い森を間伐して、素材を活かすことで光をあてています。その取り組みに賛同してくださったことから、今回のプロジェクトに参加するきっかけとなりました。

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西栗倉村に生息するヒメホタル 撮影:岡元好美

香田さん 西栗倉は、きれいな森づくりが実現されて、事業にもつながったロールモデルになっていることを目の当たりにして感動しました。この取り組みの延長線上に森が広がって、村中がホタルの光でいっぱいになったらと想像していたんです。人工衛星から見ても光っているのが分かるくらいになったらと。井上さんともツアーの間、ずっとお話しして日本の林業の歴史や森への思いなどを伺ってすごいなと感じていました。

自分も東京にいながらも、岡山の「ホタルの森」を感じられる取り組みがしたいと思い、今日いるメンバーとやりとりを進めました。8月初旬にはキックオフを行って、「こうしたい」というのをそれぞれ話して宣言しましたね。僕は「新しい場をつくるなら、働く環境を大切にし、みんなにとっていいことがしたい」と強く思いました。始まったときから、みんなが情熱をもっていてプロジェクトに燃えていました。

山道さん(ツバメアーキテクツ) 最初にお話をいただいたときに一番面白かったのが、「一年くらい経ったら引っ越します」というところでした。新しい場をつくるときに、すでに未来のことも考えてらっしゃるところが、ある種の矛盾と発想の転換にもなっていて面白かったです。

アカツキの企業活動としても、このオフィスをつくることが企業活動の目標ではなくプロセスの一部だと思います。だとすると、あえて全部の内装素材を分解してレゴブロックのように使えたらいいのではないかと考えました。

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変わり続けていく企業イメージを表現し未完成な棚をつくっている。背後の窓からは光が木漏れ日のように差し込む仕組み

そもそもユカハリという商品自体がモジュール化されていたので。それに習って本棚も柱割りに合わせてはめていく仕組みで全てバラバラに分解することができます。そこに社名の「AKATSUKI」という名称をデザインに取り入れて、文字以外の部分から光が入るように設計しています。

今後もまだまだ変わっていくというある種の未完成感や、再利用することも視野に入れた設計となっています。引っ越し時には分解して手で持ち運べますので再利用可能になります。ユカハリというモジュールに我々が出会ったことと、香田さんの考えをもとにオーバードライブさせて立ち上がった空間だと思います。

人と人とのつながりから生まれたオフィスのかたち

村上さん(ツクルバ) ユカハリは機能的な面でも効果があります。分割されたパネルなので施行が早くなりますよね。
ビルの制約としても、カーペットを剥がしてはいけないということもあり、既存のカーペットの上に床材を置いて使用しようということを実験的に行いました。

山道さん しかもゴミが出ないです。カーペットなどを剥がしてフローリングを入れると足音が下の階に響く可能性もありますが、ユカハリであれば床面にもともと敷かれているカーペットをはがさずに使用できます。香田さんが当初気にされていた、カーペットの上に床材を配置していけることで防音効果も出せました。

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村上さん もともと西粟倉の床材は、ツクルバが運営する「co-ba library」がオープンする際に一部使わせていただいたことがありました。香田さんと僕たちの共通の友人のオフィスを、ツクルバの中村がデザイン・監修でやらせていただいたんです。そのときにユカハリへの反応が良く、使用することになりました。その床を香田さんが見て「床の木いいですね!」と声をかけてくださっていました。

中村さん(ツクルバ) これまでも、引っ越すことを前提とした企業の方のから「現状復帰するために、ゴミが出るのは非常にもったいないから嫌だ」という声はいただいていました。そこで手に持って運べるフローリングを独自に開発したこともありますが、精度が合わないことがわかり、ユカハリの精度の高さに触れることにもなりました。当時の経験もあり、ユカハリの可能性を最大限に活かすという今回のプロジェクトにつながっています。

これからの働く場のあり方、シンプルに自然体でいられることの大切さ

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香田さん 会社としては、自然体であることをとても大切にしています。自分たちが自然と楽しいと思えることや気持ちいいと思える状態です。事業でゲームを開発するときも自分たちがワクワクすることを大切にしています。それは、木が気持ちがいいとか、体にいいことや環境にいいことにもつながっています。

今回の件も、何かを取って何かを捨てているということはなくて、全部が最大化されていると思っています。デザインもいいし、働くひとの気持ちもいい、笑顔が増える環境になったと感じています。コストとしても変に華美にするよりも抑えられていますし、環境に対するコストも配慮することができます。基本的にいいことづくめでしかないことが、自然とできているんです。

村上さん IT企業であり成長企業でもあるアカツキの経営陣である香田さんが、こういった取り組みを企業の投資として中長期で働く人のことも環境のことも考えて取り組まれていることにも、意味や意義があると思っています。都内に関してはIT企業も多いので、今回のプロジェクトをひとつの事例として参考にしていただけたらいいですね。

香田さん 自然になれば、それが当たり前の標準になるというか。「やったんだぜ!」と誇示するいうことではなくて「みんなが自然に木を使うなら間伐材を使った方が環境にいいね」というのが前提として共有できればという思いはありますね。

ユカハリがなかったときには選択肢としても一長一短だったと思います。こだわりが強い人がコストをかけて作る形になっていたと思うので。今まで選べなかったことがこの製品との出会いによって選べるようになりました。もちろん僕もコストが2倍になるのであれば全面に使用することへの実現は難しかったかもしれません。

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畳が懐かしい雰囲気の上げ床。大きなオフィスの中に家のような場所を作り、普段とは異なるミーティングやブレストを楽しめる空間へ

井上さん 実は、「ユカハリ・タイル」はとても苦労した商品です。僕らが一番ありがたいなと思っているのは、単純に建材として見ると劣るという面がありながらも「使いたい」と思ってくださる方の存在でした。一般的に品質が高いというのは「汚れない・くるわない・長持ちする」ということで、それを前提として商品化されていきます。ですので、この50年くらいでその品質面で劣る国産材は流通されなくなってきました。

ユカハリ・タイルがない頃は通常のフローリングを販売していたのですが、お客さんが国産の無垢の床を使いたいと言ってくださっても、施工業者の方には「こんなの使えない」と言われた現実があり悲しかったですね。だから、エンドユーザーの人に直接届けられる商品があったらいいなと思って開発した商品です。

まだ完璧ではないと思っているのですが、それでも香田さんやツクルバさんのように、ちゃんと理解してくれて1歩でも2歩でも森側に歩み寄ってくれるので、過剰品質になることなく価格も抑えられるので、本当に最後みんなが笑顔になれると思います。

「これぐらいでもいい」と落ち着けた瞬間に、きっと働く人にとってもすごく気持ちよくなり、僕たちにとってもありがたい。「こういう側面がいいですよ」と言うまでもなく、最初から「ありのままの良さ」を今回のケースのように感じてもらえたことは嬉しかったです。本当にありがたかったですね。

出会いが新しいデザインを生み出すきっかけに

中村さん 僕らの中では「co-ba library」を通して脈々と連鎖が続いて、今回プロジェクトに至ったと思っています。

僕らとしてもオフィスデザインという領域で活動していて、何か新しい提案ができないかなと常に考えています。特に今、成長産業というIT系企業の方々は日々一刻と規模が拡大しています。1年、2年のスパンでオフィスを移転するということは多々あるんです。そこで床にこだわることは不動産の条件で難しい側面がありました。

しかし、そこに対するデザインのソリューションは絶対にあると思っていたんですね。ユカハリとの出会いで、既製品だからこその良さがあると思いました。 本当に実験を重ねてきているという感覚があります。

一点物でオフィスに合った設計を行えば、もちろん精度良くできると思います。しかし、そういうことではなくて。引っ越すときは床材も一緒に引っ越すことが出来るというのは愛情が込められると思うんですね。

現在のオフィスビルのフォーマットはほとんど同じなんです。この先に、僕たちは新しい型をつくっていく必要があると思っていましたし、今回のプロジェクトで新しい型が見えてきました。

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ラウンジからは緑が自然と目に入り、来客者や働く人の目を楽しませる設計に

村上さん ツクルバとしても総合プロデュースにあたり、本当にご理解いただける良いパートナーに恵まれたと感じています。 香田さんからも、オフィスのご相談やご提案を受ける中で勉強になることが多かったですね。間伐材の話もしていたところ「百聞は一見にしかず」で、実際に香田さんが現場を見て感じたことがきっかけになっています。「ホタルの森を守ろう!」という声が上がりました。

ユカハリを扱う「ニシアワー」の方と話していたときに、「仮に六本木ヒルズのワンフロアでユカハリを使用したら、村が1年くらい潤う。全てのフロアに使用したら50年間、潤う可能性がある」という話がありました。東京に会社がたくさんあるので、地方との規模感が違うことの良さがあると思います。

梃子の原理と言うか、こちらで少し消費するだけで村にとっての影響は大きいと感じています。最初は小さなアクションでも、世の中を少しでも良くすることができる実現性の高いアクションなのではないでしょうか。地方でも地元の良い素材を使うという地産地消にも繋がる可能性もありますし、この取り組みで本業を通じた社会貢献をしたいと強く思っています。そういった点でも良いプロジェクトだと捉えています。新しいチームができましたね。

山道さん 今回プロジェクトをともにしてみて、IT系企業、建築、生産者で時間感覚が異なると思いました。建築は一番遅いと思います。ITの方は来年の方を考えていてスピード感が早いですし、生産者の方は長い年月で考えていて。普段はリズムが違っていて、お互いに離れているというか。不協和音となりそうなところ、タイミングよくピッタリとうまく重なって実現したプロジェクトで奇跡的なメンバーだったと思います。

来年の夏、また皆で「ホタルの森」を訪ねよう

インタビュー中は終始和やかな笑い声が響く中、このプロジェクトはここで終わりではなく始まりでもあるということを感じました。来年の夏に皆で「ホタルの森を」訪ねることも計画されています。「ホタルの森とつながるオフィスプロジェクト」の今後が楽しみになりますね。プロジェクトの全容がわかるウェブサイトもオープンしていますので、ぜひ見てみてください。

名称・工事種別:ホタルの森とつながるオフィスプロジェクト
主用途:オフィス
所在地:東京都目黒区
工事面積:137.64 坪/454.99㎡
竣工年月:2013年10月
発注者:株式会社アカツキ
プロデュース:株式会社ツクルバ
設計者:株式会社ツバメアーキテクツ
施工者:有限会社 月造