ISSUE まちづくり

3 years ago - 2013.10.11

SHARES  

レトロなスナック街をリノベーション!福島いわき市の飲食店オーナーが、再出発をめざす「夜明け市場」

top_1

福島県・いわき駅前から徒歩3分、映画館を通り過ぎて小道に入ると、大きな赤い看板が目に入ります。中を覗いてみれば、吊るされた赤提灯の下に立ち並ぶたくさんの飲食店。昭和レトロな雰囲気漂うスナックや酒処の間に、イタリア料理屋やダイニングバーが溶け込む、なんとも不思議な空間に迷いこみました。

ここは「夜明け市場」。いわき市内外から集まった人びとが営む飲食街です。

レトロなスナック街をリノベーション、飲食店オーナーの再出発の場に

夜明け市場は、東日本大震災によって店舗を失ってしまった飲食店オーナーの再出発や、Uターン・Iターンしてきた人びとの開業をサポートし、食を通していわきを盛り上げていこうと始まった飲食街です。「白銀小路(しろがねこうじ)」という、シャッター通りとなってしまった古いスナック街をリノベーションして開かれました。

東北各地で震災後に建てられた仮設商店街とは一風変わったユニークな場所。夜明け市場ができるまでには、いったいどんなストーリーがあったのでしょうか。夜明け市場事務局の松本丈さん、鶴巻綾子さんに、立ち上げから今に至るまでのお話を伺いました。

SONY DSC
夜明け市場事務局のお二人。いわき市出身で関東からUターンした松本丈さん(左)と、新潟出身でIターン移住した鶴巻綾子さん(右)

松本さん 代表の鈴木賢治と僕はもともといわき市出身なんです。彼と一緒にやっていた「47PLANNING」という会社の企画で、地元の食材を使った飲食店を東京でやろうという事業を準備していたのですが、オープン直前に震災が起き、地元の生産者さんたちとも連絡が取れなくなってしまったんです。ひとまず自分たちにできることをやろうと、会社のみんなで僕と鈴木の実家があるいわき市四倉町に炊き出しに行きました。

ですが、炊き出しを何度も行えるほどの余裕も自分たちにはなかったし、行ってみると、被災した地元の方の多くは、短期的な支援以上に自分たち自身の仕事を必要としていることも分かりました。何か継続的なビジネスとして地元のためにできることはないかと考え、そこで出たのが、「お店を一ヶ所に集めて飲食街を作ろう!」というアイデアです。

被災して店舗を失った方々の中には、同じ場所で営業を再開することへの心理的な抵抗や、集客面での不安を抱えている方が少なくありませんでした。利便性の高い駅前で一緒に開店すれば、相乗効果で集客が楽になる。コミュニティができて人で賑わう場になれば、風評被害を払拭したり、復興のシンボルとなることもできるかもしれない。そんな考えから生まれたのが夜明け市場です。

その後、開業場所を探しまわった末に白銀小路のオーナーと出会います。バブル時代の最盛期には約30軒ものお店が入り、たくさんの人で賑わっていたスナック街でしたが、近年ではほとんどの店が閉店したシャッター通りとなってしまい、この一角をこれからどう利用しようかと頭を悩ませていたそうです。

会社としても、また被災してお店を失った方にとっても、多額の開業資金を用意するのは難しい状況でしたが、白銀小路の空き物件をリノベーションすれば低コストで開業できます。お互いの希望がぴったり合致して企画が実現、2011年11月に夜明け市場はオープンしました。初めは2店舗の出店でしたが、今では11店舗が営業しています。

SONY DSC

多様なバックグラウンドを持つ人びとが集うコミュニティに

夜明け市場に出店しているのは、被災して店舗を失った飲食店経営者ばかりではありません。地元に住んでいたけれど飲食店をやるのは今回が初めてという方や、UターンやIターンでいわきの外からやってきて起業したという方、多種多様なバックグラウンドを持つ人びとが集い、交わりながら、地域を盛り上げています。

松本さん 普通、飲食店にとって隣同士はライバルでもあるはずなんですが、一方でここには昭和の長屋のような心地よさが漂っています。お互いに出前を取ったり井戸端会議をしたり…僕も事務所で仕事をしていたら急に差し入れをもらうことがあって、楽しいです。

隣の商店街の会長さんはじめ、地元の方々も応援してくれています。僕は高校の頃、なんとなく表面的に見ただけで「いわきはつまらない、俺が変えてやる!」などと考えていたのですが、Uターンして初めて街の人たちと深く関わって、「こんなに愉快な街だったんだ」といわきの良さに気づかされました。

鶴巻さん いわきって、「中に入ってみて良さが分かる街」だと思うんです。さらっと来て観光施設を回るだけじゃなくて、人と交わってみて初めて分かる良さというか。私も震災前に初めていわきに来た時に、朝の魚市場や、採れたての魚を使った海鮮丼が出てくる食堂などに連れて行ってもらって、そこで地元の方たちとお話したのがとても楽しかったのをよく覚えています。

夜明け市場の中だけに留まらない、愉快な地元の方たちとのご近所づきあいも醍醐味だと語るお二人。2013年の8月8日には、お店の人たちやお客さんと一緒になって、「たいら七夕まつり」で開催された「第三十二回いわきおどり」に出場したとのこと。

iwakiodori
いわきおどりに参加した「チーム夜明け市場」のみなさん

鶴巻さん お店の人たちやお客さんがもっと仲良くなるきっかけになれば良いなと思ってみんなに呼びかけて参加しました。初めてのことだったけど、見ている人たちが「あ、夜明け市場だ!」って声をかけてくれたりもして、意外と知ってもらえているんだと励みにもなったし、何より踊っている自分たちがとても楽しかったし、来年もまたやりたいなって思いました。

いわきは、もともと昭和の大合併で14市町村が合併してできた市で、あまりに広くてバラバラだから、みんなで同じ踊りを踊って気持ちをひとつにしましょうって始まったのが、いわきおどりなんです。

震災が起こって内外の人びとが交わる以前から、もともと多様な地域が合併してできたという背景を持ついわき市。バラバラな背景を持つ人が共存しながらも、同じ方向を向いて街を盛り上げていくための営みが、昔から続けられていたようです。

「余白」を活かして、自分たちでできることを

2013年の夏には、夜明け市場の2階にコワーキングスペースがオープンしました。外から来た人が気軽に立ち寄れ、いわきでの活動や起業に向けたサポートを受けられるプラットフォームとしていくねらいがあるそうです。

松本さん 僕自身も経験したことですが、いわきで何かをやりたいと思ってUターンやIターンをしてきても、いきなり地元コミュニティに入り込んでいくのはなかなか難しいです。ここで新しく来た人たちの相談に乗ったり、人を紹介してサポート出来たらと思うし、予期せぬ出会いやコラボレーションが生まれる場にもなれば良いなと思います。

飲食街というプラットフォームはできたから、そこにこれから何を上乗せできるだろうかと日々考えています。もっといわきの食材や生産者さんと繋がりを強めながら、食を核に色んな事業が興っていくと面白いですね。

SONY DSC
夜明け市場2階のコワーキングスペース

鶴巻さん いわきは、すごく余白がある街で、まだまだそれを活用できるポテンシャルがあると思います。東京みたいに色んな条件が揃っていないからこそ、みんなで協力しあって何かやってみようと工夫する。だからある意味、よそものでも新たな活動の核になることができたり、ずっと地元にいては気づかない魅力を発掘・発信できる可能性があります。自分にできることがまだまだたくさんあるんじゃないかって、そんな気持ちにさせてくれる街です。

たとえ「よそもの」でも、一歩踏み込んでみれば素敵な人とたくさん出会えるのがいわきの魅力。そんないわきの街を盛り上げるためには若い力がまだまだ必要だそうです。興味を持たれた方は、是非一度、夜明け市場に立ち寄ってみてください。地元の愉快な方々と友達になって、そこに美味しい食事やお酒が加われば、盛り上がって夜明けまで語り明かすことになるかも…!?

(Text:鈴木悠平)

夜明け市場へ行ってみよう!
「夜明け市場」公式ウェブサイト

writer ライターリスト

鈴木悠平

鈴木悠平

greenz シニアライター ひと・もの・ことの閒-あわい-にある物語を探求しています。 お仕事は、企画・執筆・編集業が中心。 東日本大震災後の宮城県石巻市におけるコミュニティ事業、大学院での地域保健政策及び高齢者ケアの国際比較研究を経験した後、株式会社LITALICO入社。発達障害に関するポータルサイト「LITALICO発達ナビ」の企画・編集を担当。 ウェブマガジン「アパートメント」「soar」の運営・編集にも携わる。

AD

infoグリーンズからのお知らせ