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日本文化を道具の力で輝かせる。歌舞伎や能楽を守り、未来へつなぐ「伝統芸能の道具ラボ」

写真提供:伝統芸能の道具ラボ 撮影:トニー谷内 写真提供:伝統芸能の道具ラボ 撮影:トニー谷内

歌舞伎の存続が危機的状態にある。そう聞くと、多くの人は疑問に思われるかもしれません。歌舞伎役者はテレビに話題を提供し、新しい歌舞伎座が新開場して銀座が活気づく。そんな状況にあるのに、歌舞伎の存続が危機的状態にあるとは、一体どういうことなのでしょうか。

役者の芸を支える道具類

その理由は、歌舞伎に使われる様々な道具が職人の高齢化や継承者不足などから消えつつあるということにあります。

歌舞伎の舞台が素晴らしいのは、もちろん役者の演技によるところが大きいのですが、それを下支えしているものがたくさんあります。大道具、小道具、衣裳などの道具類です。それらを担当する多くの裏方や職人の、「役者をより輝かせよう」という気持ちや、効率も追求しつつ手を抜かない地道な努力があるからこそ歌舞伎の舞台は成り立っているのです。

例えば役者がかぶるかつらは、一舞台ごとに床山という髪を結い上げる職人が新しく作ります。客席からよく見えないようなかんざしも非常に精巧にできており、美術品のように美しいものを使っています。お客さんに見えないからといって間に合わせでごまかすようなことをしていないのです。

かつらだけでもかんざしや鹿の子など、ざまざまな道具が必要(写真提供:伝統芸能の道具ラボ) かつらだけでもかんざしや鹿の子など、ざまざまな道具が必要(写真提供:伝統芸能の道具ラボ)

このように、お客さんが気付かないような細部の細部まで「役者が映えるように」と心血を注いでいる裏方の職人がいて、こだわった「道具」に囲まれているからこそ、役者が輝いている。そういっても過言ではありません。

これらの道具を作る技術は、それ自体が高度で「伝統文化」といえるもの。しかし、私たちが江戸時代から生活様式を変えてきていることや、国際貿易の取り決めで入手できない原料があることなど、様々な理由からこの技術を継承する人が減り、今や「あの職人がいなくなったら、もう作れない」という道具が大量にある状態です。

フリーライターが「伝統芸能の道具ラボ」を立ち上げた

「伝統芸能の道具ラボ」主催の田村民子さん 「伝統芸能の道具ラボ」主催の田村民子さん

その現状に気付き行動を起こし始めたのが、歌舞伎の大道具や衣裳、床山などの取材をしているフリーライターの田村民子さん。取材をするうちに、例えば床山から「花魁のかつらなどに使う鹿の子(かのこ・布の一種)の作り手が、もういない」とか「髪を束ねるための元結(もっとい・ひものようなもの)の質が落ちてきている」などの話を聞き、作れなくなっている道具が増えつつあることがわかってきたそうです。

しかし、職人自身は現業が忙しかったり、積極的にどんどん外部とコンタクトを取るというタイプではなかったり、それぞれの制作現場でしか分からない専門用語があるため職人同士が直接会っても意思疎通が難しかったりして、それらの問題を解決するための取り組みに手がつけられていない状態。

そこで田村さんは「伝統芸能の道具ラボ」を立ち上げました。

歌舞伎は総合舞台芸術です。道具の質が落ちるといくら俳優さんがいい芸をされても、全体の質は落ちてしまうと思うんです。歌舞伎は日本を代表する伝統芸能ですから、いい形のまま未来に継承してほしいなと思っています。道具を作る技術が失われていくことに、大きな危機感を感じていました。

ライターの私だったら、あちこちにコンタクトをとることにも慣れていますし、歌舞伎の基礎知識や裏方の世界をある程度わかっています。職人同士の利害が絡み合う既存の関係の外にいるので動きやすい面もあります。それで「私にもできることはあるかもしれない」と思い立ちました。

と、田村さんは活動を始めた理由を話します。

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「伝統芸能の道具ラボ」ホームページ

田村さん自身は能楽を習っており、調べてみたら同じように道具に不安を抱えている状態であるとわかったため、現在は歌舞伎と能楽で使われる道具を守る活動を「伝統芸能の道具ラボ」として行なっています。

「伝統芸能の道具ラボ」の取り組み

現在、田村さんの「伝統芸能の道具ラボ」では、次の取り組みを行なっています。

1.「伝統芸能の道具」のレッドリスト・データ作り

職人たちは、感覚的に「あの道具が手に入らなくなっているな」とざっくり把握していますが、実際に何割くらいの道具が危機的な状況にあるのかという数値は把握できていません。そこで、田村さんは生物学で絶滅危惧種を把握するレッドリスト・データを参考に、それぞれの道具ごとに、継承者はいるのか、職人の年齢はいくつかなど、様々な観点から「危険度A」「危険度E」といった具合に、レッドリストを作っています。

2.新しい制作ルートを開拓

危険度の高い道具については、新しく作る職人を捜す取り組みを行っています。田村さんが新しい制作ルートを開拓したものの一つが、かつらに付ける髪飾りの一種「鹿の子(かのこ)」。

非常に細かい絞り染をおこなって作る鹿の子(写真提供:伝統芸能の道具ラボ) 非常に細かい絞り染をおこなって作る鹿の子(写真提供:伝統芸能の道具ラボ)

これを必要としているのは床山ですが、約40年前に大量購入した鹿の子の在庫が切れたので、再度発注しようとしたところ、作れる職人がいなくなっていたそう。鹿の子絞りという技術は着物などにも使うため、技術自体は消えてはいなかったものの、歌舞伎のかつらに使う「鹿の子」は薄さが求められるなど、様々な点で着物の鹿の子絞りとは異なります。

そこで田村さんは協力してくれる絞りの職人を捜し出し、床山と絞りの職人の間を行ったり来たりして橋渡しをし、1年がかりで復元に成功したそうです。

3.職人の募集

職人の中には、継承者がいない人もたくさんいます。そして、その中には継承者を求めていながら求人を出す手だてがわからずに、そのままになっている人も。田村さんは「伝統芸能の道具ラボ」のウェブサイトに「職人になろう」というページを設置し、情報を無料で掲載して、継承者探しを手伝っています。

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職人募集のページには田村さんが個人的にキャッチした職人の求人情報が載っている

田村さんの活動は情報掲載をするだけにとどまりません。求人に応募してきた人の面談や相談に乗ったりすることも行なって、職人の特殊な世界にしっかりとした気持ちで入っていける人材を捜しているのです。

4.職人の技術が廃れないための仕組みづくり

職人が継承者を得るためには、その技術である程度の収入を得られるようにしていく必要もあります。そのための取り組みも、「伝統芸能の道具ラボ」では行なっています。

具体的には、講演活動で実態を紹介したり、職人と企業との橋渡しをしたり。そのうちの一社が、以前にgreenz.jpでも紹介した「KARAFURU」。田村さんとKARAFURU代表の黒田さんは友人で、田村さんを介して絞り染めを使ったストールなどを商品化し、販売中です。

国と個人とが同時に同じ目的で別の手段をとっていく

田村さんは、こうした取り組みを個人で行なっていることについて次のように語ります。

国も、歌舞伎や能楽の主体者もそれぞれに対策をとっています。でも公の機関や大きい団体では「公平性」が重んじられます。一方、私のような個人であれば臨機応変に、良い意味で偏りを持たせて取り組めます。

職人の調査をした場合、職人は速やかに対策をとられることを期待します。
でも公の機関や大きい団体ではすぐに支援をすることが難しい場合が多いようです。その点、個人であればピンポイントで即効性のある取り組みが行なえます。

一方、公の機関や大きい団体でないとできない取り組みもたくさんあります。大きな組織と個人、それぞれが同じ目的を達成しようと連携することが大切ではないかと考えています。

田村さんは、一年に一つの道具の復元を目指しながら、講演、調査などを行なっています。精力的な田村さんの取り組みに、今後も目が離せません。