ISSUE☆おすすめの連載! a Piece of Social Innovation

2 years ago - 2013.06.28

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離島で起業し、自分たちの未来をつくる!「巡の環」代表・阿部裕志さんが海士町で見つけた、ブレない未来のつくり方

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特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。

みなさんは、田舎暮らしがしたいと考えたことはありますか?
もしするとしたら、それはどのくらい先のことですか?

移住は「今」だと考え、本土から約60kmも離れた離島に移り住み、その島で起業をした「巡の環(めぐりのわ)」代表・阿部裕志さんは、「都心に疲れて田舎暮らしがしたいのではなく、未来をつくるために移住した」と言います。

阿部さんが島で見つけた、“持続可能な社会のつくり方”を紹介します。

この島には、便利になる過程で捨ててきたものがある

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阿部さんが移住したのは、島根県の離島、隠岐諸島にある海士町。本土から60kmも離れている離島で、人口2,300人ほどの小さな町。しかも、年間に生まれる子どもの人数は約15人で、人口の約4割が65歳以上という、まさに超少子高齢化の過疎の町なのだとか。

単純に言うと、都会にある便利なものはなくて、便利になるなかで捨ててきた大切なものがこの海士町という島にはあったんです。人として当たり前のことを当たり前にやっている。人間関係においてもそうだし、自然との付き合い方でもそう。海が荒れてフェリーが欠航しただけで、島は閉ざされる。自然にはかなわないということです。

島じゅう顔見知りの人ばかりだから、悪いこと、適当なことはできません。それは息苦しいことでもあるけど、僕は心地いいと感じているんです。一日のなかで温かいコミュニケーションを交わした回数は、都会よりも、島のほうが断然多い。人と人の距離、人と自然の距離が近い暮らしがここにありました。

“未来”は、小学生でも分かる

だからと言って、すぐに移住するというのは簡単なことではない。

僕の父はエンジニアだったのですが、父は林業に従事する家に育ったので、小さい頃から遊びに行くというと山で山菜を採ったり、海で釣りをしたり、そんな暮らしだったんです。

浪人生の頃、おそらくストレスが原因で、体を壊してしまったんです。もう内臓がぼろぼろになって、一ヶ月くらい何もできない状態でした。そのときにいろいろ価値観が変わりました。健康って不思議だなぁと。健康って、すごく絶妙なバランスの上にしか成り立たない。むしろ健康でいることが不思議だと思うくらい(笑)。心のゆとりを失うとこんなにも弱いものかと。

ストレスが原因って…と思うものの、体調を崩したことで世の中の見え方が変わってきたという阿部さん。

当時、1997年頃だったと思うのですが、食料自給率が45%を切ったと。バブルが崩壊した後でした。その答えは単純だと思ったんです。食べ物は半分しかつくっていませんと。バブルの崩壊によって買うお金がなくなりましたよ。どうなるかって、食べなくなるに決まっているじゃないかと。小学生にでも分かるような。でもそんな未来は、きっと来るだろうと思ったんです。

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阿部裕志さん

「生きる力」をつけたかった

宇宙に憧れて“宇宙から地球を見たい”という思いもあり、大学は工学部に入るものの、それとは別に、自給自足できるスキルは身につけておこうと考えたのだそう。

別に農家になるつもりはないけど、自分で自分を守らないと、自分自身はもちろん、まわりの大切な人を守れない、そんな時代になるということを強く感じていました。大学では2つサークルに入っていましたが、ひとつはアウトドアサークルと、もう一つは有機農業研究会。

どこでも生きていけるという自信をつけたかったし、臨機応変でいたかったし、いろんなものを見たかった。小さい頃から遊んでいた自然と、もっと真剣に遊びたいという思いもありました(笑)。もっと言うと、生きる力をつけたかった。病気をしたこともあって、敏感になっていたのでしょうね。

隣の人から、ひとりずつでも確実に伝えていく

世界中どこでも生きていけるようになりたいと、世界のいろいろな都市を巡るうち、今の社会に対して“このままでいいのかな”という疑問がたくさん出てきたのだとか。

例えば、人と人の関係性で、山で出会ったら挨拶を交わしたり、頂上の眺めはどうでした?と話し掛けたり、天候が悪くなったら助け合うのが当たり前ですが、こうやって都会に生きていると、満員電車では隣の人といがみ合ってしまう。その人と仮に山で会っていたらすごくいい関係なれると思うのに。

別にその人たちが悪いわけじゃなくて、都会という環境がそうさせていると思うんです。人間関係をそこまで追い込んでしまうのって、行き過ぎていないかって思ったんです。学生時代からそういうことに対して違和感がありましたが、海外から帰国する度に、おかしいなって。将来的には、そういったことを直すきっかけづくりをしたいという考えが強く芽生えてきましたね。

アウトドアサークルでは、沢登りをしていたら鉄砲水にあって、命を落としそうになった経験もしたのだそう。

自然にはかなわないと、本当に心から体感したできごとでした。昔の人は知っていたはずなんですが、いまの社会ではそれを感じることが減ってしまっている。そのことに対しても違和感がありました。こうした感覚を持たずに進むと、間違った方向に行ってしまうのではないかと。

動物のなかの“人間”として考えると、能力が下がっているような気もするんですよね。大きな仕組みが崩壊したら一人で生きていくことができなくなる…。それで、自分も自然のなかで暮らしたいし、自分が感じた違和感を伝えていきたいと思うようになって。将来は、宿(ペンション)をやろうかな、とか(笑)。政治家になって世の中を根底から変えるという方法もあるかもしれませんが、自分は、隣の人から、一人ずつでも確実に伝えていくほうが合っているとも思いました。

でも、いきなり学生上がりの人が宿を始めて「世の中おかしくないですか?」と言っても、聞き入れてもらえないのではと思い、宇宙に行ってみたいという道で就職することに。

大学では、ロケットの素材となるチタンの研究をしていましたが、研究職ではなくロケットをつくる仕事がしたくて、いろいろ考えた末、背後に軍事予算がちらつく研究機関ではなく、民間企業でロケットをつくれないかと淡い夢をもって、さらに世界に誇る日本のものづくりを学びたくて、自動車メーカーに入社しました。

“無人かつ世界最速の製造ラインをつくる”というプロジェクトに携わりましたが、そのときの現場の方とは、今でも連絡を取り合っています。人間関係を築くことの大切さは、そのメーカーの現場で学びました。

持続可能なまちづくりをしている島の存在

島の神社と、丹精こめてつくられる、天日乾燥のハデ干し米 島の神社と、丹精こめてつくられる、天日乾燥のハデ干し米

キャリアプランとしては、経営というものを学んでから、宿を運営したいと考えていたのだそう。

まぁ順番を間違って、先に海士町が来ちゃうわけですが(笑)。当時、今の島の仲間である岩本悠さんと結婚することになる女性が、会社の同期だったんです。彼女が、「島根県の隠岐の島に、島ごと持続可能なまちづくりをしている海士町っていう島があるよ」と教えてくれて。

それを聞いて、島まるごとってどういうことだ?と。島っていう単位でできるってすごいですよね。心底ワクワクして、一度行ってみるしかないなと。海士町には、移住する前に4回ほど行っているんですが、もう1回目には、ここで暮らしたいなと思っていました。

地元の人に加え、IターンやUターンの人、地元の中学生までもが混じって、「どうしたらこの島がもっとよくなるのか」と本当に本気で考えていて、島ごとってこういうことか、と思ったのだそう。

この輪のなかに入りたいなって。もともと持っていたキャリアプランと天秤に掛けましたが、当時2007年は、環境とか地域とか持続可能とか、そういったことに期待する時代の流れが加速していました。あと2年してから来たら、出遅れるという感覚があったんです。

僕は地域のことも知らないし、サスティナビリティという世界でまだ何もしていない。さっさとその世界に入って、汗を流して、涙を流さないと、自分が必要とされる時期が過ぎてしまうのではないかと。自分のなかに、移住しちゃえという風が吹いているという感覚もありましたね。導かれているというか。それで移住を決断したんです。

「これからの新しい生き方」を学ぶ、島の学校

島からみる海の景色島からみる海の景色

当初は、海士町で商品開発研修生として就職予定だった阿部さんは、一緒に起業することになる仲間との出会いがあり、島で雇用を生み出すための“島の学校”をつくることに。

この提案を海士町の人にぶつけてみたわけですが、よそ者である自分の提案を、それは面白そうだ、やってみたら?と言って、笑ってくれたんです。本当に嬉しかったです。理解しようとしてくれて、一緒に夢を見てくれる人がいるということが。

めぐりカレッジ合宿の様子めぐりカレッジ合宿の様子

こうして島根県隠岐國・海士町を舞台に「これからの新しい生き方」を学ぶ学校づくりを目指す会社「巡の環」がスタート。巡の環では、

・海士町がこれからの社会のモデルとなるための「地域づくり事業」
・社会のモデルとしての海士町から学ぶための「教育事業」
・海士町で学んだことを社会全体に伝えるための「メディア事業」

を軸に展開しており、他にもいろんな人が参加できる「AMAカフェ」や講演活動を全国で開催しています。

わずかな違和感を、立ち止まって考えてみることの大切さ

そうした活動のなかで、いろいろな気付きがあるという阿部さん。

人の暮らしを守る“枠”があるとして、そのなかに境界線があって、それが自分ごとの領域。枠のなかの“自分ごと”の外側は、権利と義務です。この自分ごとの領域の大きさは、都会と海士ではまったく違うんです。

海士はとても大きい。これは小さい島だからこそだと思うんですが、海士で起きる変化はすぐ自分に返ってくることが分かっているんですね。この“自分ごと”の大きさによって、人と人とのコミュニケーションの取り方も違うし、暮らし方も違う。

都会にいると経済学者になって、田舎にいると哲学者になるって聞いたことがあります。環境という仕組みがそうさせていると思うんです。だから都会で住むことに違和感を感じた人は、その違和感を無視せず、素直に向き合ってみて欲しいんです。そこにヒントがあるんじゃないかと。

そして、僕は「いなかセンス」と「とかいセンス」という言葉を使っているのですが、地域の課題を解決するためには、そのバイリンガルが必要だと思うんです。言い換えると、いなかセンスは受信力、とかいセンスは発信力。どちらかだけでは成り立たない。そのバイリンガルを育てましょうというのが、地域コーディネーター養成のための「めぐりカレッジ」です。

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この「めぐりカレッジ」は、2泊3日の入門コース、中級コースは3泊4日の合宿を行い、さらにその後の半年はスカイプでディスカッションをしながら、参加者自身が抱える地域プロジェクトをサポートしているそう。

暮らし、仕事、稼ぐことのバランス

地域で働く、雇用を生み出すということを考えてきたが、実際に移住してから、“稼ぐ”ということの価値観も変わってきたと話す阿部さん。

暮らしと仕事と稼ぎ、それらを分けることに違和感を感じるようにもなったんです。プライベートな自分がいて、会社で働く自分がいて、週末にはNPO団体などのお手伝いをしていたりする。これって、“自分のあり方”がそれぞれ違うんですよね。競争社会のなかで戦わなくてはいけない自分と、本当は戦いたくないと思っている自分と、というふうに。

それがワークライフバランスというものかもしれませんが、海士町に来てからは、暮らしでもあって、仕事でもあって、稼ぎでもある、という自分でいることができるようになった。この自分って、噓偽りない自分なんです。“ワークライフミックス”とでも言えばいいのかもしれません。週末にはNPO団体に顔を出すなどの“パラレルキャリア”もとても素敵なことだと思いますが、暮らしと仕事が一緒になる生き方もあるということを知ってほしいなと思います。

「他人ごと」を「自分ごと」にできるか

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また、田舎のほうが、社会の課題に気がつきやすいという阿部さん。

田舎って、社会課題が凝縮してそこに存在していたりするんです。その課題に気付いたら、あとは、その課題をどれだけ自分ごとにできるか、ですよね。いったん“自分ごと”になってしまったら、気になってしょうがないし、やるしかない(笑)。委ねていては変わらないんです。

先ほどの暮らしと仕事と稼ぎですが、理想としては、1:1:1になることがリスクヘッジにもなると思うんです。言い換えれば、お金の価値観を今の1/3にするということ。そうすると、豊かな生き方ができるんじゃないかなぁと。この生き方は海士で気がついたことです。

海士町で見えた、ブレない未来のつくり方

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この1:1:1を崩さないようにすれば、未来への不安はあまりないと思うんです。筋がとおっている。そこには、ブレない未来の姿があります。これこそ、持続可能な社会モデルではないかと。

“暮らし”って生きる力を伸ばすことだし、“仕事”って人とコミュニケーションができないとつくれない。“稼ぎ”って売り手、買い手、世間の三方よしで考えなくちゃいけない。とても基本的なことですが、大切なことだと思っています。僕の会社では、業務として“暮らしを磨く”時間をもうけているんです。草刈り機の講習をしたり、竹の皮で草履づくりをしようとか(笑)。

それから、必要なのは「仲間」だと言う阿部さん。

苦しいときに支えてくれる仲間がいると何より心強いですし、意思を持った人がつながっていくと、楽しいですよね。組織のミッションでつながっているうちは“共同”とはいえない。人生のミッションでつながって仕事をするときほど楽しいことはないんです。

7月28日には東京で「AMAカフェ」というイベントを開催予定。イーズ未来共創フォーラムを主宰する枝廣淳子さんをお迎えして、対談をするのだそう。さらに9月にも東京で「AMAカフェ」を開催予定だとか。

隠岐の離島「海士町」から発信する“巡の環”は、これからさらに広がっていきそうです。

writer ライターリスト

増村 江利子

増村 江利子

greenz シニアエディター/シニアライター 国立音楽大学卒。Web制作、広告制作、編集を経て現在はフリーランスエディター。一児の母。主なテーマは、アート、建築、暮らし、まちづくり。八ヶ岳の麓の賃貸トレーラーハウスで、“小さく暮らす”をモットーに、DIY的暮らしを実践中。 facebook:http://www.facebook.com/e.masumura twitter:https://twitter.com/eriko_n

partner パートナーリスト

ミラツク

ミラツクは、対話を通じて、異なるセクター、異なる地域、異なるステークホルダーの間に協力を生み出し、より良い社会に向けたイノベーションを生み出すことに取り組むNPOです。 ミラツクが応援するのは、未だあまり知られていない社会を良くする取り組みとそこにいる”人”たちです。1人の人が生み出す未来の可能性を世の中に伝えていくことで、また新しい次の未来の種が生まれる。そんな未来をつくるサイクルを共につくっていければと思います。 ⇒ 特集「a Piece of Social Innovation」ミラツク×グリーンズ対談!Facebookページ

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