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eラーニングで誰でも”まなびサポーター”に!支援でも塾でもない学びの場で放課後の教育機会格差をなくす「アスイク」 [マイプロSHOWCASE東北編]

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特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。

「相対的貧困」なんて聞くと、難しく感じてしまいますか?

例えば冠婚葬祭のときに礼服が着られないこと。例えば学校が終わったあと、みんなと同じように塾や習い事に通うことができないこと。ある社会で当たり前とされていることから、排除されてしまっている状態…それが“相対的貧困”です。日本の子どもの実に6~7人に1人が、この“相対的貧困”という家庭状況にあります。

以前もこちらの記事で紹介した、被災した子どもの学習サポートを行なっているNPO法人「アスイク」。代表理事の大橋雄介さんは、震災がキッカケとなって困窮家庭や経済的に余裕がない家庭が抱える子どもの貧困問題が、顕在化していることに気づきました。

日本の子ども貧困率は15%前後。社会のいたるところに存在する、大きな規模の問題。大橋さんは、単なる被災者への支援活動ではなく、もとから広がっていた貧困問題に取り組まなくてはいけないと感じたそうです。

今までやってきた、僕たちが拠点をつくり、そこに子どもを集めてボランティアをマンツーマンでつけるというやり方には限界がある。100人の子どもに対して、100人のボランティアを継続的に確保し続けるのは難しい。そこで、僕たちが直接拠点をつくるのではなく、子どもの問題に関心を持っている地域の住民や既存のNPOに「まなび場」を運営してもらって、そのサポートを僕たちがするようなしくみをつくりました。

“ティーチング”から“コーチング”へ

このしくみの核となるのが、eラーニングというインターネット上の学習教材です。「アスイク」は、eラーニングの開発を行っている東京のベンチャー企業「すららネット」と事業提携し、eラーニングを使った学習サポートを広めています。

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eラーニング「すらら」のコンテンツ画面

なぜ、eラーニングなのでしょうか?

もちろん教育効果がとても高いというメリットもありますが、このしくみを使えば「教える」というスキルがない人でも、子どもを支えることができるんです。ボランティアの役割が“ティーチング”から、子供と一緒に目標を考えたり、どんな小さなことでも達成できたことを認めてあげる“コーチング”へと変わる。それだけ多様な市民やNPOがこの問題に対して取り組んでいけるというところがすごくいい。

色んな人がこの問題に関わるということは、世論を形成するチカラが高まっていくことでもあります。いまだに「自己責任論」は根強い。でも、自分が子どもを支えた経験を通して「いや、そうじゃないんだ」と発信できる人が増えていくでしょう。

それに、子どもに触れることによって、やっぱり親・家庭が安定しなければいけない、というような視点の広がりを持つ人も増えてくる。世論ができあがってくると、たとえば制度とか、システムの変化が生まれていくと思うんです。

eラーニングを使えば、1人のボランティアで15人の子どもをサポートすることができます。「教える」ことが苦手であっても、人の話を聴いたり、相手に考えさせたり…といったコミュニケーションができればOK。これまで、教員OBや大学生など「教える」ことができる人に限定されがちだった学習サポートも、このしくみなら「気持ち」と「コミュニケーションのスキル」があれば誰でも参加できるのです。

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eラーニングを活用して、まなび場を運営する61歳のサポーター(写真右)

支援は“ベスト”じゃない

大橋さんは、このシステムをあくまでビジネスとして広めていくことに意味があると考えています。既存の教育サービスでは、マーケットとして見られていなかった困窮家庭。今まで誰もサービスを届けていなかったところへ新たに参入するというのは、企業にとってもメリットとなります。慈善事業ではなくビジネスだからこそ、短期的な関係ではなく、長期的なつながりを築くことができるのです。

また、大橋さんは、支援される側が「自分は社会のお荷物だ」と感じたり、周囲からの偏見にさらされるという話を聞いて、支援がベストな形ではないことに気がついたそうです。

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「アスイク」代表理事の大橋雄介さん

たとえばユニクロなど低価格ブランドの台頭は、衣服の貧困問題の解決にかなり貢献していると思う。お金をかけなくても、良いカジュアルを着ることができる。服装で引け目を感じる、という経験をする人がかなり減っているんじゃないでしょうか。しかも、ユニクロは、もちろん支援じゃなくてサービスですよね。支援を受けるうしろめたさや、周りからの不公平感もない。ちなみに、僕は最近もっぱらユニクロですが、全然引け目なんて感じない(笑)。

教育に関しても、塾のように高い月謝は払えないけど、月1,000~2,000円なら…という人も多いんです。でも、今までは支援か塾かの二択しかなかった。このシステムはその間の考え方。安いサービスが広がれば、お金がなくても放課後の教育機会を受け取ることができるようになる。もちろん、一定の人たちは、いわゆる支援が必要です。

たとえば、電気代や水道費すら払えない状態の人たち、家すら確保できていない人たちに、少額でもお金を払うというのは難しい。段階が大切なんだと思います。支援か、中間層以上向けのサービスか、という二者択一ではなく。

「支援」という言葉がなくなり、お金がなくても“当たり前”から除外されることのない社会が、大橋さんの理想だといいます。

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貧困の連鎖を断ち切るために

これから「アスイク」が向き合っていくのは“貧困の連鎖”。困窮家庭で育った子どもが成長して、同じように厳しい経済状況に直面してしまうという連鎖を、どのように解消していくかがテーマとなります。学力が低いために低学歴となり低所得に陥るというのは1つのルートではありますが、それだけが原因ではないということが様々な研究により明らかになっています。

貧困の連鎖を断ち切るためには、子どもたちが「やればできる」と自分にプライドを持てるような経験をして自尊感情を育てることや、自ら問題を解決していくソーシャルスキルを身につけることが必要です。ソーシャルキャピタルといえるような大人とのつながりが少ないことや、親から受ける影響も大きいといいます。

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今後は、学びの場を通してそういった孤立しがちな家庭と信頼関係を築き、就業支援団体や家計のサポート事業を計画している生協など適切な支援機関と連携して、より深いサポートまでつなげていきたいという大橋さん。子どもたちが将来を考えるきっかけとなるような、仕事の真価に触れる「体験講座」にも力を入れていくつもりだそうです。

どこか遠い国の出来事ではなく、いま私たちのすぐそばにある“子どもの貧困”。多面的なアプローチが必要とされるこの問題に、私たちがそれぞれのやり方で関わっていくことができれば、すべての子どもたちが当たり前に学び、育っていく社会がきっと待っているはずです。

(Text:鈴木愛美)

鈴木愛美(すずきあみ)
福島県郡山市生まれ、盛岡市在住。情報デザインを専攻する岩手大学生。
コミュニケーションデザイン・コミュニティデザインなど人と人とのつながりをつくることに興味があり、勉強中。チーム岩大E_code(Twitter:@E_code1)として陸前高田を応援するフリーマガジン「いいことマップ」の制作・発行をしています。