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バングラデシュのリアルを描いた『アリ地獄のような街』、公開。

『アリ地獄のような街』より

『アリ地獄のような街』より


世界最貧国のひとつバングラデシュ、この国の問題は貧困が恒常化してしまい、バングラデシュ人自身が貧困に目を向けなくなってしまったことである。信号待ちで車が止まれば必ず物売りや物乞いの子供が窓をたたく。その光景は既に風景と化し、彼らが問題だという意識が希薄化してしまっている。

このように語るのはバングラデシュでストリートチルドレンに救いの手を差し伸べる非営利団体エクマットラの顧問を務める渡辺大樹さんだ。そしてそのエクマットラが制作した映画『アリ地獄のような街』がまもなく日本でも公開される。

まずは予告編をどうぞ

地方から単身首都ダッカへとやってきた少年ラジュを主人公としたこの映画を見た最初の印象は、はっきり言ってあまりいいものではなかった。まず映画としての完成度があまり高くない。映像のつくりもそうだし、演出もそうだ。特にBGMはほとんど不要だと思われ、子供たちが遊んでいるシーンで流れる楽しげなBGMなどはむしろ映画の持つ意味と相反するようにも思える。

そして、この作品が描いているバングラデシュの現実は映画であれ実際にであれ既にどこかで見たようなものだ。日本で言えば1950年代の東京が思い起こされるもので、この物語に登場するストリートチルドレンやその親玉、クスリなどはそのまま浮浪児や女衒、ヒロポンに置き換えることができる。

それに、バングラデシュの現状を世界に訴えようというなら、ドキュメンタリー映画を撮るべきではないのか?とも思った。ストリートチルドレンが学ぶことを覚え、未来への希望を抱けるようになっていく過程を描いた『未来を写した子供たち』のような作品を。

この作品は映画として稚拙である上に、世界にバングラデシュの実情を訴える力にもならないと私には感じられたのだ。

しかし、作品に併せて上映された特別映像でその考えは少し変わった。そこには、この作品に驚き、それに触発されて社会に対する熱意を語るようになったバングラデシュの若者たちが映っていた。そう、これは自国の貧困が見えなくなってしまっているバングラデシュ人たち自身のための映画なのだ。

その特別編映像はこちら

バングラデシュの映画が日本に入ってくることは皆無だが、バングラデシュが映画不毛の地だというわけではない。なんと言ってもお隣は映画大国インド、その影響もあってか映画は大衆娯楽の王様だ。そしてバングラデシュ国内の映画産業もそれなりに盛況を博しているらしい。しかしそのような国だからこそ社会のリアルを伝える映画がうずもれがちだったり、イスラム国ならではの国家による統制があったりで映画が社会を動かす装置にはなってこなかったということだろう。

この映画はそんなバングラデシュで人々に強いインパクトを与えたのだ。

そう思いながら、この映画を思い返すと、主人公ラジュがイシアンに命じられて荷物を運ぶ終盤のシーンの緊迫感が思い出される。何が潜んでいるともわからない夜の街、その荷物を無事届けられなかったときに起きるであろう事態、それらが生み出す緊張感。その緊張感にはリアリティがあり、重く垂れ込める恐怖の下を力強く進むラジュにはリアリティを感じることが出来た。

この作品において重要なのはそのような恐怖、ストリートチルドレンたちが常に感じていなければならない理不尽な恐怖なのである。しかも彼らはそれが特殊な状況であると認識することもできない。彼らにとってはそれが当然の日常なのであり、安心して遊んだり勉強したり出来る環境など想像することすら出来ないのだ。ひとつの国の中にあるそのような格差をこの作品は底辺のみを見せることによって、それ以外に人々に意識させるのだ。

そんな風に思うと、この映画が持つ意味というのは非常に大きいと思える。

さて、今度はそんな映画を作ったエクマットラに注目してみよう。エクマットラは渡辺さんを含むダッカ大学の学生らによって2004年に設立された非営利団体。ストリートチルドレンを助けるための青空学級とシェルターホームを運営している。さらに今後は社会に役立つ技術を身につけるアカデミーとシェルターホームなどに参加できない子供たちに安全な仕事を提供する路上ビジネスを計画している。同時に一般層に対する啓蒙活動も行っており、今回の映画はその活動の一貫として製作された。

エクマットラの紹介映像はこちら

この『アリ地獄のような街』の監督であるシュボシシュ・ロイはエクマットラの代表であり、今後も映画制作を継続していく予定だという。この素晴らしい活動を広め、世界に支援の輪を広げるためにも今度はぜひエクマットラの活動を描いた物語を撮って欲しい。

そして、日本人としてはやはり若くしてバングラデシュでNPOの立ち上げに参加された渡辺さんに注目してしまう。その渡辺さんはバイタリティにあふれる魅力的な方で、エクマットラの活動を支援したいという気持ちを起こさせてくれる存在だ。

そして、この映画が日本で公開されるに至ったのも、その渡辺さんの熱意にユナイテッドピープルの関根さんが打たれたからだという。ユナイテッドピープルはクリック募金サイトの運営やCSR関係のサービス提供を行うヴェンチャー企業だ。この代表を務める関根さんは渡辺さんと以前から知り合いで、今年3月にバングラデシュを再訪問した際に「4年がかりで制作した映画が完成した」と聞いてふたつ返事で「配給する」と答えてしまったらしい。しかし、ユナイテッドピープルは映画とは無縁の企業で、配給の経験などもちろんなかった。しかし関根さんの熱意が通じてスポンサーもつき、ついに公開が実現したというわけだ。詳しくは関根さんのブログもご参照のこと。

そんな関根さんと渡辺さんを後押ししてくれるスポンサーのひとつであるHISは映画を支援するのみならず、エクマットラでボランティア体験をするツアーも企画しているのだ。実際に現地に行き、子供たちと交流することでさらに理解が深まり、考えさせることがあるだろう。

渡辺さんが関わった1本の映画が関根さんを通じて日本の人々の目に触れ、そこからバングラデシュと日本との新たなつながりが生まれる。それは小さな一歩だが、世界を変えるために必要な長い道のりに確実に一歩を刻む。