あなたも知っておいたほうがいい!“ガバナンス”は政治の未来へのキーワード

Creative Commons. Some Rights Reserved. Photo by Peter J. Bury – IRC

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8月30日の衆院選に向けて政治をめぐる議論がいつになく盛り上がっている昨今、インターネット選挙の是非なども一部では争点の一つとなっているが、それって一体どういうことなのだろうか? インターネットと選挙、政治とわたしたちの関係を“ガバナンス”というキーワードをめぐって考えてみたら、そこにサステナブルな未来への鍵が見えてきた!

まずは、最近コーポレート・ガバナンスやITガバナンス、オープンガバナンスなどという使われ方で耳にすることも多くなったガバナンスという言葉、そもそもはいったいどんな意味なのだろうか?

静岡大学でガバナンス論のゼミも持つ吉田寛准教授によれば、

ガバナンスは、自発的協働による自治とでもいったものだが、それは公共性の思想を現代社会において体現しようとした動きである。

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となる。吉田准教授は京都の鴨川を例に上げてガバナンスを説明する。鴨川では昔から鴨川にかかわるさまざまな人々が自主的に協議を行い、鴨川をどうして行くかを決していった。行政によるトップダウンでもなく、地権者による独断でもなく、さまざまな利害を持つ関係者たちが協働で合意を形成し、鴨川の行く末を決定していったわけだ。これがガバナンスである。

もう一つわかりやすい説明を試みてみると、ガバナンス(協治)はガバメント(統治)の対義語だと言われる。いまの政治は政治家が(国民に選ばれたにしろ)国民の行く末を決定し、それをトップダウンで実行していく。これに対しガバナンスは国民が主体的にかかわりながら合意を形成してゆくのである。

国という規模ではなかなか想像し難いが、学校の生徒会とか、地域の町内会というレベルでなら理解できる概念だ。これを市町村、都道府県、国へとどんどん拡張してゆこうというのが政治におけるガバナンスの考え方だ。地方自治体レベルではすでにガバナンスの考え方は取り入れられている。市民や専門家との話し合いを経ながら政策を策定するという試みだ。

ただ、このとき重要になってくるのは透明性だ。市民や専門家が政治に参加するためにはその判断の材料となるさまざまなデータに接する必要がある。そして、その透明性の確保のために非常に有効なツールとなりうるのがインターネットだ。透明性とはただ公開することではない。誰でも容易にその情報に到達できるようにすることが重要なのだ。文書をファイルに閉じて書庫に収めてカタログを提供するだけでは、求めている情報がどこにあるかは容易にはわからず、本当に公開されているとは言いがたい。

この透明性という面ではアメリカが圧倒的に進んでいる。オバマ政権下でdata.govというサイトが開設され、連邦政府の政府機関にかかわるあらゆる情報(もちろん国家機密は除かれるが)がこのポータルサイトから検索できるようになった。

greenz/グリーンズ data.gov
data.govのサイトより

このサイトの目的は行政機関のデータを民間に利用してもらうことである。オープンフォーマット化することでそのデータを利用した製品開発や、そのデータを生かすアプリケーションの開発を促す。オバマ政権のCIOでこのdata.govの開発を推進したビベク・クンドラ氏はこの取り組みの可能性を示す例としてヒトゲノムの公開を上げる。このヒトゲノムの公開によってさまざまな新薬開発が可能になり、成果を上げているという。

ヒトゲノムのような専門的なものでなくとも、データが多ければそれだけアイデアが出てくる余地がある。情報というのは互いにつながりあっているものなので、そのつながりを発見し、それを生かす知恵を思いつくことができれば、ガバメントには想像も出来ないようなことが起きるかもしれないのだ。

日本では、先の参院選で神田敏晶氏が「政治2.0」を掲げて立候補し話題になった。惜しくも落選してしまったが、インターネット上での選挙活動を可能にしようという活動は広がりを見せ、民主党の今回の衆院選のマニフェストにも盛り込まれた。

ガバナンスが実現されるということは、今この記事を読んでいるサステナブルな社会に対する意識の高いあなたが自治体や国家の運営にかかわっていくことができるということだ。そして同時に多くの専門家もそこに参加できる。住民運動という地道だけれど効果が上がるかわからない方法と比べてガバナンスははるかに効率がいい。

ガバナンスの国政への導入が可能かどうかを問う前に、やっておくべきことは透明性の担保である。身近なところからガバナンスを実現し、透明性を担保し、国政へと迫って行く。それが重い腰をなかなか上げないガバメントに代わってサステナブルな社会を実現するための近道だと私は思う。そしてそのためにはソーシャルメディアなどのインターネットテクノロジーは大きな武器になる。

ただ、インターネットにばかり眼を向けるのにも問題がある。神田敏晶氏はインターネットの世帯普及率を60%としているが、このうちどれくらいの人たちが必要とする情報に到達するスキルを身につけているのか。

インターネット以外でも情報に容易にアクセスできる方策を担保しなければ、真に開かれたガバナンスは可能にならない。そして、裁判員制度もそうだが、実際に積極的に政治にかかわって行こうという人はおそらくあまりいない。その部分をどう変えていくのか、そこを帰るのに重要なのは、参加することで本当に変わるのだという確信を人々がもてるようにすることだ。

このように障壁は多いが、それでもやはりぜひガバメントからガバナンスへというパラダイムシフトは起きて欲しいと思う。