海という宇宙に浮かぶ島「小笠原」vol.3~その自然を脅かすモノの正体

青い海が美しい小笠原は自然の宝庫。写真はジニービーチという浜で、この周辺ではよくイルカを見ることができる。撮影:有川美紀子

青い海が美しい小笠原は自然の宝庫。写真はジニービーチという浜で、この周辺ではよくイルカを見ることができる。撮影:有川美紀子

ザトウクジラがジャンプし、マッコウクジラが深海に潜り、イルカが人とフレンドリーに泳いでくれる海と、小指の爪に乗ってしまうほどの小さなカタツムリや、翼を広げると約1mにもなるオオコウモリなどが暮らし、それらをはぐくむ森を持つ小笠原諸島。

白神、屋久島、知床に続く世界自然遺産にいちばん近い小笠原は、いっぽうで、もろく壊れやすい「ガラスの自然」を持つ場所でもある。

エイリアン・スピーシーズが小笠原を壊す

本来、そこの自然には存在しない生物種(外来種=エイリアン・スピーシーズ)が入り込み、生態系を壊していく事例は世界中で枚挙にいとまがない。日本国内を見ただけでも、ブラックバス、アライグマ、マングースなど意図的・非意図的に持ち込まれ、その場所の生物を圧迫している事例をご存知だろう。

古くからさまざまな生物が入り乱れている本州域でもそうなのに、他の大陸から遠く離れ、偶然たどり着けたものだけが構成する、いわば層の薄い生態系の小笠原では、外来種は大問題。まさにH.R.ギーガー描く映画の「エイリアン」そのものだ。

他の種との生存競争でしのぎを削り、生きるための戦略をたっぷり身に付けた生物は、植物なら更地があればあっという間に一番のりに芽を出し、日陰を作り、敵がない中でおっとりと暮らしていた小笠原の固有種の芽吹きを防いでしまう。

繁殖力が旺盛で生命力のある爬虫類は、固有の昆虫を食べつくしてしまう。最初は家畜だったヤギやブタはいまは野生化し、ようやく芽吹いた固有種の芽を食べてしまう。固有の昆虫が消えれば、その媒介に頼っていた植物は結実できない。そして、その植物の実を餌としていた固有の鳥類は食べ物がなくなる。

エイリアン・スピーシーズの恐ろしさ。それは、その場所の命のつながりを断ち切ってしまうことなのだ。

小笠原でいえば、今、外来種によるこんな問題が起こっている。

●ノヤギ
……かつて家畜として持ち込まれたヤギが野生化して固有植物を食い尽くす問題(その結果、土壌が流失する問題も含む)

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1989年ごろ、父島で撮影された写真。当時は兄島、弟島、西島などの属島にもノヤギが生息し、植物を食べつくしていた。現在、父島を残しほとんどの島での排除が完了している。撮影:有川美紀子

●ノネコ……ペットとして飼われていたネコが山に入る、または飼いきれなくなったネコを人間が山に捨てた結果、希少動物(おもに鳥類)を捕食する問題

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2005年、母島・南崎でウミドリ減少の原因確認のために設置された自動撮影カメラに写った決定的な瞬間。野生化したノネコが、生きるためにカツオドリを襲っていた。これが、ウミドリとネコの共存を考える動きのきっかけとなった。内容の詳細は、いずれ記事にします。写真提供:NPO法人小笠原自然文化研究所

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何と、上の写真と同じネコ!マイケルと名づけられたこの猫は、(社)東京都獣医師会、小笠原自然文化研究所など多くの人の努力により、捕獲されたのち本州へ搬送され、人間になれる訓練をした結果、かわいい飼いネコへと変化した。写真提供:(社)東京都獣医師会、新ゆりがおか動物病院

●グリーンアノール……資材にまぎれて島に入った爬虫類。次第に生息範囲を広げ数を増加させ、固有昆虫を捕食、減少させている問題

●アカギ……薪炭の材料として移植された樹木。湿性高木林など小笠原固有の生態系を構成する樹種と競合し、空間ができるといち早く芽を出し、固有植物と置き換わり単一な林を作ってしまう問題

これはほんの一例。外来種すべてが影響を及ぼしているわけではないが、クマネズミやオオヒキガエル、ノブタなどの動物のほか、モクマオウ、ギンネムといった植物、ニューギニアヤリガタリクウズムシ(プラナリア)など、とくにインパクトの強い動植物については上記同様、対策が取られている最中だ。

どうして外来種が島にやってきたのか?上記3種を見てもおわかりのはず。人間の移動に伴って、これらはやってきたのだ。

人間の後始末を、今、人間が行う時期が来た

かつて、野生のヤギが植物の萌芽を食べるために森がなくなり草地となってしまった小笠原・聟島列島・嫁島。この島では2001年にのヤギの駆除が終了したが、その後、東京都と地元のNPO法人小笠原野生生物研究会(通称・野生研)により、植生回復の活動が行われてきた。

この活動に参加したことがある。500個近い在来植物の種を入れたコーヒー袋を運び、スコップで穴を掘る人、種を入れ踏み固める人でペアになり、ひたすらこの作業を繰り返す。

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2003年7月、嫁島での植生回復ボランティア風景。モモタマナ、オガサワラビロウ、タマナなどの種をまく。撮影:有川美紀子

時は7月、気温は30度を軽く超え、流れ出る汗はとめどない。ヤギの排除には2年かかった。その後、ヤギに食べられなくなった植物が順調に成長すると思いきや、外来種(ヤダケ)が増え始めていて、その拡大を防ぐための取り組みだ。ヤギがいなくなって8年、今も続く活動である。

周囲は一面の草原だが、かつては森だったという。この景色を作ったのは人間、その後始末を人間が今、しているのだと感じた。9年目に入り、植生は徐々に回復してきた。しかしそれは嫁島が無人島だからできたことでもある。人が暮らす父島・母島での自然再生は、より複雑で効果が出るまでに年月がかかる。

世界遺産登録に向けて、外来種除去の事業は、現在島ごとに計画が立てられ、同時並行して進められている。

しかし、小笠原の自然を愛している住民は、早くからその重要性に気がつき、自然を守るための試みを始めていた。それが世間的に注目を浴びるようになった1つのきっかけは、1980年代後半に持ち上がった「兄島空港建設」(注:リンクは過去の記事で、この空港計画はすでに凍結されている)に関する動きである。

実質、自然に高い関心を持つ人々が表面に出たのはこのときがはじめてだろう。当時の空港計画は、現在の世界遺産に向けての動きとは、真逆ともいえる内容だった。

次回以降、その内容と人々のリアクション(これが現在につながっている)を振り返ってみたい。