日本の公害問題の原点である水俣病、その記録映画の上映が千葉と大阪で。

『青林舎作品「不知火海」より』

『青林舎作品「不知火海」より』

発生から50年以上がたち、被害者も次々に亡くなられ、存在感が薄れつつある水俣病、日本の公害問題の原点であるその水俣病の問題を捉え続け、ライフワークとした映画監督がいた。その映画監督は土本典昭、今年おしくも亡くなられた土本監督の作品の上映がこの12月、千葉と大阪で行われる。

詳しい内容は以下から。


千葉での上映は、水俣病を後世に伝えるために識者によって設立された水俣フォーラムが開催する「水俣・千葉展」(12月10日~28日)のプログラムのひとつとして。今回上映されるのは、16日が『水俣病-その20年』(1976年/43分)、23日が『水俣一揆―一生を問う人々』(1973年/108分)、24日が『不知火海』(1975年/153分)の計3本。16日は「森達也さんと映画『水俣病-その20年』を見る」と題され、映画監督の森達也氏による講演も行われる。

大阪での上映は、シネ・ヌーヴォで12月7日~19日に行われる土本典昭監督の追悼特集として。24本の上映作品のうち12本が水俣病にかかわる作品で、彼が手がけた大部分の作品を見ることができる。

公害とは環境汚染が破滅的な規模で進み、生態系のみならず人間にまで影響が出てしまったという現象である。公害について考えるということは、自然環境と人間の経済活動についての関係について考えることである。

水俣病から50年以上がたった今でも、公害はなくならず、人々は経済のために環境を破壊し続け、自分自身の首を緩やかに絞め続けている。地球環境が人間の活動を支えうる限界が本当に間近に迫っている今こそ、自然への過剰な依存が人間にしっぺ返しを食わせた公害というものを見直すべきときではないか。

水俣病を見つめ続けた土本典昭の目を通して公害を見つめれば、人間が自然と共存するために必要なものが見えてくるかもしれない。