ラウド・マイノリティー(3)

ソウルミュージックが台頭してきた激動の1960年代前半。その重要な要素のひとつとなったゴスペルとは何か。そして魂の音楽とは?
20世紀の大衆音楽を語る場合、どうしてもアメリカの話が中心になってしまう。音楽がマーケットと連動し出した20世紀は、アメリカが経済大国として世界をリードした世紀でもある。ほとんどの国民が近代以降の移民である、自由と民主主義を掲げるこの実験的国家は、内部に抱える大きな歪みを徐々に解消しながら発展してきた。この背景ゆえに20世紀米国音楽が世界に浸透するだけの訴求力と普遍性を備えていたのも事実であって、1960年代はアメリカ合衆国にとってとくに試練の時代だった。

レイ・チャールズの「ホワッド・アイ・セイ」が大ヒットしたのが1959年。それ以前にヒットした「アイヴ・ガット・ア・ウーマン」はR&Bにゴスペルの要素を加えたソウル・ミュージックの先駆けとしてジェームズ・ブラウン、サム・クックらのヒット曲とともに歴史に刻まれる一曲でもある。

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レイ・チャールズ

もともとジャズ・ピアニスト/シンガーのナット・キング・コールのスタイルを踏襲しながら無難に音楽活動を行っていたレイ・チャールズ。そのレイ・チャールズが当時悪魔の音楽といわれたR&Bやブルーズスタイルの曲に、礼拝の音楽ゴスペルのテイストを持ち込むという賛否両論を呼ぶきわどい表現を始めたいきさつについては、彼の半生を描いた傑作映画「Ray」に詳しい。


Ray Charles – Hit the Road Jack (1961)

ゴスペルについて。17〜18世紀に奴隷として連れてこられたアフリカ人たちを文明化させるため、雇用主である白人たちは彼らにキリスト教の信仰を強いた。その過程で彼ら黒人はおもに聖書のある部分に共感した。奴隷として捕われたユダヤ民族がモーゼに導かれエジプトを脱出し解放されるという旧約聖書中の有名なくだりである。

アフリカ文化の伝統を継ぐ黒人奴隷たちは音と言霊の持つ力を十分に理解していた。聖書のなかのユダヤ人同様、自らの境遇にも希望を見出そうとした彼らがその後行ったことは、Hush Harborと呼ばれる自分たちの秘密の教会で肉体と魂の解放願望を天に向かって訴えるため、キリスト教の賛美歌を自分たちのアフリカ文化流にアレンジし、毎夜密かに唄い合うことだった。その歌はSpirituals(黒人霊歌)と呼ばれ、純粋な歌としての機能以外に、黒人だけに通じる情報伝達の手段、秘密の暗号としても巧みに用いられた。

南北戦争中の1863年にリンカーンが奴隷解放宣言を発布し北軍が勝利したことで、米北部における黒人の地位が若干向上すると、黒人霊歌もピアノやドラムといった楽器を加え、より一般向けのアレンジがなされていく。フレーズのリピート、コール&レスポンス、シャウト、手を叩き、足を踏み鳴らす……。こうして新しい伝道音楽ゴスペルが誕生する。


Let’s Have Church,Prayer-Bethel’s Reunion Choir


Bethel’s Jr. Chruch Day Choir- For The Rest Of My Life

ただ奴隷解放宣言以降も、南部には根強い差別がしばらく続いていた。当時南部をツアーしたジェームズ・ブラウンも語っているように南部での黒人迫害の実体は1960年代に入っても凄まじかった。しかし公民権運動がしだいに認知されてきたこの時代、キング牧師の非暴力主義に賛同した一部の黒人がレストランの白人専用席に居座って「シット・イン」という無言の抵抗運動を始める。今となってはわかりにくいけれど、1960年当時の米南部ではこのこと自体、命がけの行為だった。

この時代の世界情勢はめまぐるしい。1961年1月にジョン・F・ケネディが大統領に就任。62年2月にアメリカがベトナム戦争へ介入し始め、同年8月ソビエトが革命後のキューバに中距離弾道ミサイルを配備し、米ソ核戦争へ一触即発の状態へ。

新大統領ケネディはこのキューバ危機を外交レベルで解決した。彼はベトナムからの撤退も示唆し、冷戦そのものを終結させる意図でいたというから、ヴィジョンと人気の両面でいわゆる普通の合衆国大統領ではなかった。彼は1960年マーティン・ルーサー・キングがデモで逮捕されたときにもキング釈放に尽力している。

キング牧師とケネディ大統領
1963年のワシントン大行進

1963年8月、キング牧師の呼びかけによりワシントンで人種を越えた協調を訴える大集会が開かれる。参加者25万人。ボブ・ディランらも参加したこのワシントン大行進でのキング牧師の演説は、歴史に残る名演説として今も語り継がれ、ハウス・ミュージックのDJらがミックスするサンプリング音源としていまだに音楽の場で耳にすることも多い。


Martin Luther King, Jr.: I Have a Dream

急進的な若き新大統領ケネディが暗殺されたのがこの3カ月後の1963年11月。翌1964年12月にはソウル・スターラーズというゴスペルグループあがりの人気ソウルシンガー、サム・クックが突然の死亡。大統領とソウル・シンガー、この国民的両スターの死には多くの謎があり、その真相は闇に葬られたままだ。しかし昨今の世界動乱をみても、軍事産業を握る米国内部権力の本質は、その後も大きく変化してはいないことがわかる。奇しくも今、核の緊張が北東アジアを覆いつつある。


Sam Cooke – Blowin’ in the Wind


A Change Is Gonna Come – A Black History Tribute

It’s been too hard living, but I’m afraid to die
Cause I don’t know what’s out there beyond the sky
It’s been a long, a long time coming
But I know a change is gonna come
        ― Sam Cooke “a change is gonna come”

マルコムXやモハメド・アリとも親交のあったサム・クックはゴスペルシンガーにはじまり、早い時期から黒人解放運動に身を投じてきた。死の直後追悼リリースされたシングル「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」は、まるで死期を察していたかのように、いずれ人種差別のない曇りなき社会がやって来るだろうという、確信に近い憧憬を預言的韻律に託した曲で、オーティス・レディングをはじめその後数多くのシンガーに歌い継がれている。どんな手段を使おうとも真理を求める魂=ソウルの根源的欲求をさえぎることなどしょせん出来っこないのである。アフリカ系民族のこの逞しい文化継承力にわれわれ日本人は今こそ多くを学ぶべきかも知れない。


The Great Mahalia Jackson – “The Lord’s Prayer”

この時代(1960年〜65年あたり)の話題盤・映画
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レイ・チャールズ – The Very Best of Ray Charles
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アトランティックからABC時代の曲を含め、ヒット曲がほぼ網羅されたベスト盤。

サム・クック – The Man and His Music [Best of]
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A Change Is Gonna Comeが聞ける貴重なベスト盤。

サム・クック – One Night Stand: Sam Cooke Live at the Harlem Square Club, 1963
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早すぎた死の前年、1963年の最高の名ライブ盤。

マヘリア・ジャクソン – Gospels, Spirituals & Hymns
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ゴスペルの女王マヘリア・ジャクソン。60年代にはキング牧師の公民権運動を全面的に支援した彼女の1950〜60年代のベスト盤。

Ray/レイ
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人生を音楽にするレイ・チャールズの半生を描いた映画。「ミュージシャン」とはまさに彼のこと。ジェイミー・フォックスの演技もスゴい、名作映画。

JFK
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オリバー・ストーンによる長編。こんな事件が実際に起こった当時のアメリカの権力中枢は、「伏魔殿」どころの騒ぎではない。

トム・ダウド いとしのレイラをミックスした男
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「Ray」にもしばしば登場するアトランティック・レーベルのサウンド・エンジニア/プロデューサー、トム・ダウドのドキュメンタリー。音楽通は必見。